橋本家プチ歴史秘話。
昨日、NHKの「時をかけるテレビ〜今こそ見たい!この1本〜
万年時計〜江戸時代の天才が生んだ驚異の機械時計〜」て番組を観てた。
江戸時代、日の出から日の入りまでを昼、
日の入りから日の出までを夜としてたので、
昼夜の長さは、1日ごとに少しずつ変化していた。
江戸時代の末期に、一度ネジを巻くだけで、
そのすべての変化に対応し、天球儀まで正確に動かす、
和時計を作り上げた天才がいた。
からくり儀兵衛と呼ばれる「田中久重」さんである。
番組は、その和時計を現代の技術で再現するストーリーで、
今の技術者、天体の専門家がチームを組んで、
コンピューターなど現代の技術を持ってしても、
苦労に苦労を重ねる、ものすごい技術の結晶で、
これを一人でやり遂げた田中久重さんの凄さを、
改めて思い知った。
と言っても、機械音痴のワシは、技術的なとこは、
もうひとつよく分からなかったのだが。
田中さんは、この和時計を京都で作り上げたらしい。
で、その田中さんが天体観測を行った場所として、
旧土御門家の庭にある天体観測の台座が出てきた。




うん?これはなんか見たことあるぞ。
今は、円光寺というお寺になってるけど、
ワシのおとんが育った家にあったやつじゃないか?
ワシは直接見たことがないので確証が持てなかったので、
この近くに住む従兄弟たちに聞いてみたところ、
間違いないそうである。
ワシの先祖たちは、土御門家が維新で東京に移った後、
その屋敷を引き継いで、戦後、お寺に寄付したらしい。
安倍晴明の子孫で、江戸時代までは、天文関係を司っていた土御門家、
他にも天文に関する石などがあったらしいのだが、
うちの先祖は、その石を玄関の上がりかまちの踏み台にしてて、
調査に来た学者さんにえらい怒られたそうである。
ご先祖様ったら。
そんなこんなで、従兄弟同士、その父親三兄弟が、
この石の上で遊ぶ姿など想像して、
ひととき、LINE上で盛り上がったのであった。

