京都展覧会三昧④「⻄洋絵画400年の旅―珠⽟の東京富⼠美術館コレクション」@京都市京セラ美術館。
この「⻄洋絵画400年の旅―珠⽟の東京富⼠美術館コレクション」、
行くかどうか迷ってた展覧会です。
こういう広い括りの展覧会って、
なんかダイジェスト的になる気がして、
「有名なもの観た」って感じになっちゃいそうな気がしてたんすわ。

まあ、来たし、年間サポーター※になったからには、
観ておかんと!ですね。
迷いが吹っ切れたんで、年間サポーターになること、
思い出して良かったっす!
※別ブログで詳述。

有名な肖像画、生で観たなあ、な予想通りの感想。
ワシ、この時代の貴族のお抱え画家の肖像画って、
なんかあまり何も感じないので、
絵を一瞥、作者と年代だけ確認して、
スルスルと通り過ぎて行きます。
詳しい解説見ても、どうせ5分後には忘れてるもんな。
自分の老化を利用した「解説読まない法」、最近開発しました。

ブルボン=ブラガンサ家の王子、ドン・セバスティアン・マリー・ガブリエル。

男の肖像。
なんか気になったので立ち止まると、ゴヤだったり、ハルスだったり、
この時代のワシの好きな画家。
もちろん、観たことない作品です。
「ワシもなかなかやるやんけ」とニマニマしてます。

ほうら!ミレーやん!
って、ミレーが肖像画、描いてることも知らんかったのに、
やっぱり立ち止まりました。
他の人と何が違うのかは、分からないのですが、
ワシの直感や衝動に訴えるものが、何かあるんでしょう。

これは知らん画家ですが立ち止まりました。
ピエール・ベルゲーニュの「田園の奏楽」。
貴族のカメラ目線肖像画より、こういう農民のドキュメンタリータッチの方が、
全然面白いもんな。

すみません!これは、あまりにつまらなすぎて、目に止まりました。
カナレットの「ヴェネツィア、サン・マルコ広場」。
18世紀、まだカメラが発明されてない時代だから、
こういう本物そっくりな絵に需要があったのかなあ、思いました。

静物画もあまり得意ではないのですが、
アンリ・ファンタン=ラトゥールは、なんか少し引っかかるんすよね。

お!ターナー!!初期の作品みたいですが、
やはり光の捉え方に、ターナーらしさが覗きます。

「これはなんか好き」思ったらドラクロアでした。
再びニマッ。

夕暮れ時、牛、いいっすね〜。
これは「コンスタン・トロワイヨン」という知らない画家さんでした。

これもミレー。
ワシ、どうも動物の出てる絵は、結構好きみたい。
けど、なんとなく印象派が近づいてくる足音が聞こえる気もします。

ああ、コローも結構好きです。
この暗い感じとはっきりしない表情が琴線に触れるのかな。
有名な「真珠の女」にも通じる何かを感じます。

これは、好き!ギュスターヴ・クールベの「水平線上のスコール」。
1872~73の作品のようです。

おお!ボナール!1905年、20世紀の写真です。
完全に印象派の足音聞こえて来ました。
さっきチラッと言ったんですが、
やはり19世紀後半の写真の普及が、絵に影響与えてる気がします。
もちろん、チューブ絵の具の普及ってのもあったんでしょうが、
何かこの頃から「写真にはできないことは何か」ということが、
絵画の一つの潮流になってる気がします。
筆跡を残す、みたいな技術的なこともあるだろうけど、
人物の内面、画家自身の内面に寄って行く、ということが、
考えられ始めた気がしました。

なんかルノワール登場して、ホッとしました。
もうここからは、ワシでも知ってる有名画家のオンパレです。



初期作。フランスに出る前。


まだ顔が長くないし、
黒目がある。





なんかこの辺に来ると、画家の描いてる心の中含め、
ワシらと同じ時代の人、って気がして来ました。
それって、ずっと昔の時代から、下って来たからなんやろなあ、
こういう展覧会、ちょい苦手や、思ってたけど、
この気持ちは、新鮮でした。





もうルネ・マグリットとかキスリングになると、
完全に同時代人って気がします。
ふむふむ、展覧会って、こういう楽しみ方もあるんやな、
と気がつきました。
自分の中に、説明はできないけど、
あまり揺るがない基準みたいなもんがあることに
気づいたのも、発見でした。
けど、流れが面白かったからなのか、
単体で売ってるグッズには食指、動かずでした。
こいうい有名な絵って、
グッズになるとありふれてる気がしちゃうんよなあ。

