「ゴッホの跳ね橋と印象派の画家たちヴァルラフ=リヒャルツ美術館所蔵」あべのハルカス美術館。
先日、思わぬタイミングで時間が空いたので、
「絶対、平日の夕方行かなきゃ」と思ってた人気の展覧会、
「ゴッホの跳ね橋と印象派の画家たち ヴァルラフ=リヒャルツ美術館所蔵」に、行ってきた。
聞いたことのない美術館やったけど、
ケルン市営で、基本、市民からの寄贈で成り立ってて、
ルートヴィヒ美術館は、この美術館の現代美術部門が独立したものなんやな。
19世紀の創立なので、ナチスの時代の、美術弾圧や、爆撃に耐え、
これほどの収蔵品を持って今に続いている。
ドイツという国の、ケルンという町の、その市民たちの、
文化的な成熟度に驚かされる。
「美術館は、美術館で儲けてもらわんと、、」とかゆーてる、
文化度の低い国が、恥ずかしくなる。
混み具合、さすが人気の展覧会で、けっこう混んでたけど、
このタイミングで、この混み具合ってことは、
土日とかに来てたら、もっと凄かったんだろう。
とりあえず、正解。
熱心にメモとか撮ってる若い人が多かったけど、
レポートかなんかの宿題だったのかな。
展示は、印象派を中心に、
その息吹の感じられる前の時代、現代美術への橋渡しになった、
ポスト印象派、新印象派の時代まで、すごくきちんと展示されてたイメージ。
誰もが知る有名な絵は少なかったけど、
有名、無名に関わらず、その時代を語る上で重要な画家の、
有名でなくても、いい作品を集めてる感じだった。
この辺にも、知名度や人気度だけで測るのではなく、
大切なものを自分で判断する、成熟を感じた。

「海景」。

「シヨン城」。

「アスパラガスの束」。
マネの「アスパラガスの束」、初めて観たけど、
すごく好きな色味で、妙に心惹かれて、
マグネット、買ってしまった。
この絵に関するマネの逸話がむちゃくちゃ良かった。
マネの付けた価格より叩く購入してくれたコレクターに、
「束から一本抜け落ちていました」と、
アスパラガス一本だけの絵が届いたらしい。
高く買ってくれたお礼なんやろうけど、気が利いてるなあ!
オルセー美術館にあるという、その絵も、一緒に観てみたかった!

「アル=パリュエル付近の
古い煉瓦橋」。

「横たわる裸婦」。

「花咲く果褂園」。

「バザンクールの農場」。
バルビゾン派中心に。「印象派前夜」って感じやろか。
印象派として有名なピサロも、この頃はまだ、印象派の特徴が、それほど顕著ではない気がする。
農民や風景のイメージが強いミレーが裸婦も描いてたんや、と少し驚く。
この辺から、ザ・印象派って感じになっていくんやけど、
モネも、ゴーガンも、カイユボットも、どの画家も、いきなり誰もが知ってる画風になるのではなく、
次第に完成されていく感じが分かって面白かった。

「ハンプトンコートの橋」。

「ラングランド湾」。

「アニエールのセーヌ河」。

「エトルタの浜辺の漁船」。

「霧の中の崖の家」。

「立葵と子ども」。

「リュエイユのセーヌ河岸」。

「横たわる裸婦」。

「縫物をするジャン・ルノワール」。

「風景、ルーヴシエンヌ」。

「トゥルーヴィルの庭園」。

「コロンブの丘」。

「セーヌ河畔のボートと小屋。

「エクス=アン=プロヴァンスの風景」。

「梨のある静物」。

「ポン・ド・グルネルのセーヌ河」。

「ルーアンの風景」。

「秣(まぐさ)まき」。

「ブルターニュの少年」。
ルノワールの「縫物をするジャン・ルノワール」は観たことある絵やっったけど、
次男ジャンの絵、男の子の絵とは知らんかった!
髪型といい、服装といい、裁縫といい、女の子やと思い込んでた。
ワシ、まだまだ画一的な見方から解放されてないなあ。
130年前のルノワールの方が進んではりますわ。
そのジャンが後に映画監督になって、
ヌーベルバーグの先駆けとして、トリフォーに尊敬されるんやもんな〜。
ヨーロッパの文化の厚みよ!
初めてルノワールと自分が、繋がったような気がした。
ゴーガン、風景描いてると、割とありがちな印象派の画家って感じもあるけど、
人物描くと、やっぱりゴーガンやった!となんか嬉しくなって、
この絵柄のチロルチョコ、買ってしまいましたわ。
さあ、目玉のゴッホコーナーです。

ゴッホも目玉の「跳ね橋」以外、有名なものはなく、点数も少なかったですが、
けっこうええ感じのが並んでました。

「ニューネンの農家」。

「跳ね橋」。

「跳ね橋」一部拡大。
単眼鏡で拡大して観ちゃいました。
ゴッホの中では、比較的、おとなし目で落ち着いた「跳ね橋」も、
寄って観ると、これほど厚塗りしてるんやなあ。
ポスト印象派や新印象派に向かいます。
やっぱり今に繋がってるんやなあ、思います。

「人物のいるバルビゾンの風景」。

「クールブヴォワのセーヌ河」。

「サモワ、習作8番
(サモワのセーヌ河)」。

「カポ・ディ・ノリ」。

「コンカルノーの波止場」。

「ラニー=シュル=マルヌのエテューヴ通り」。

「レセップ河岸、ルーアン」。

「北海沿岸近くの村」。

「海に沈む夕陽」。

「グリ=ネ岬、或いは夏の霧」。

「河辺の散歩道」。

「河辺の散歩道」アップ。

「ヴェルサイユの薔薇のある家」。
ワシ、点描という画法があまり好きではないのだが、
この日に観た、ポール・シニャックの「コンカルノーの波止場」とか、
アンリ=エドモン・クロスの「海に沈む夕陽」とかは、
ちょっとありえないような色彩表現で、おもしろいと思った。
そう考えると、点描って、なにかおとなし目の絵が多くて、
あまり好きになれなかったのかもしれない。
もしかしたら、点描という丸っ切り常識を覆す新しい手法を受け入れられるよう、
敢えて、穏やかな色使いにして、とっぴなものは避けてたんかも、と思いついた。
だとしたら、さっきあげた絵とかは、点描が市民権を得て、
次の段階に進んだ、ということなのか。
あ、いや、ワシのただの思いつきなのだが。
アシール・ロージェの「河辺の散歩道」でアップを撮ってみたけど、
この石畳の表現とかは、点描でないと、できない面白さかもなあ。
印象派の展覧会って「ほら!この絵知ってるでしょ!有名なんくるよ!」みたいな感じのが多くて、
お客さんも、「あの有名な絵、観に来てん。せっかくやから他のも観るけど」って人が、
多いイメージやけど、
この展覧会は、そういうとこで人を釣るんじゃなくて、
ちゃんと印象派のことを、もっと知ってもらいたい、という気持ちがあるように感じられて、
なかなかいい展覧会でございました。

