「水滸伝」大阪市立美術館。

承前。

「豊臣兄弟」に続いては、大阪市立博物館で開催中の「水滸伝」へ。

ポスター観て「国芳の水滸伝」とばかり思ってたら、
それだけやなくて、水滸伝の時代(北宋時代)、中国はどんな感じの世の中だったのか、
水滸伝は日本で、どんなふうに広まったのか、
今の時代、どのように受け入れられてるのか、
北方謙三先生や、さいとう・たかを先生まで出てくる、
広い捉え方の展覧会で、ちょっとビックリしました。

まずは、歌川国芳さんのコーナー。
泣かず飛ばずやった国芳さんが、このシリーズで大ブレークします。
ここは、写真、撮り放題でした。


とりあえず、気に入ったの、気になったの、撮りまくりました。

劇画が氾濫して、動画も当たり前の今の時代から観ても、
この迫力とか、一瞬を捉えた動的な感じとか、大胆なポーズとか、
「すげ〜な〜!!」と思うんやから、
動画どころか、写真もない、この時代の人たちは、
きっと、たまげたんやろなあ。

国芳と言うと、ワシは妖怪の絵や猫の絵が好きなんだけど、
この時代、水滸伝でブレークしたから、
妖怪や猫を今の時代に残せたんやな、と思うと水滸伝にも感謝する気持ちが湧いてきたんでした。

前、他のなんかでも読んだけど、
それまでは、部分刺青がほとんどやったのに、
この時代以降、全身刺青が流行したのは、
国芳のおかげやったみたいです。

二章は、水滸伝の時代、北宋の町や文化を紹介してるコーナーで、
ここは撮影NG。

そうか!この時代の北宋の首都、開封(東京)って「清明上河図」に描かれた時代なんやね。
ずっと観たかった「清明上河図」、オリジナルの張択端(ちょうたくたん)のでは、なかったけど、
観られて嬉しかったです。
あと、東洋陶磁美術館の青磁のお盆とか出品されてて、
「おやーここでお会いするとは!」と、思いがけないところで、
昔友だちにあったような気がして、ちょい嬉しかったです。

水滸伝が中国で広がっていく三章では、当時のカードゲームの絵柄が、
ちょい間抜けっぽいキャラもあって、おもろかった。
この頃からキャラ満載の水滸伝って、カードゲームになってたんや。
そら、今も受けるはずですわ。

そーかそーか「金瓶梅」も、元を辿れば水滸伝やな。
今で言うと、二次創作ってことになるのか。
二次創作の多さでは、日本の源氏物語に並ぶんかもしれんな。

四章は、それが日本でも広がっていく様子。
国芳の大ヒットも、その一員ってわけです。
「南総里見八犬伝」も、水滸伝からの着想と言われて、
「なるほど!」思いました。
つーことは、アストロ球団も、水滸伝の末裔ですな。

第五章は、現代の日本にもある水滸伝関連の表現のコーナーで、
ここは撮影OKでした。

フット・ペインティングで有名な白髪一雄(しらが かずお)の作品。

うむ。そう言われれば、そんな気もしてくる。
力強いことは間違いない!

北方謙三さん原作の「水滸伝」のドラマで使われた衣装らしいです。
手前から、宋江そうこう晁蓋ちょうがい林冲。りんちゅう

杉本健吉さんの水滸伝、挿絵。

さいとう・たかお先生も描いてはったんか。
ワシとしては、ワシが水滸伝に触れた最初、
横山光輝先生の水滸伝の展示がなくて、かなり残念でした。

布袋戱偶(ほていぎぐう)という、台湾の伝統人形劇で使われれる人形。
なんかめっちゃいい!
今回初めて知った水滸伝関連の作品で一番気に入りました。

ゆっくり拝見したためか、実はこの時、閉館5分前くらい。
一応、グッズもさっと見たんですが、
ほんまあっさりとしか見なかったからか、
心に引っかかるものなくて、何も買わずにミュージアムを後にしました。

外に出ると、真っ昼間よりは少しマシになったものの、
まだムアっとくる熱気。
少し、喫茶店でゆっくりした後、
この日最後の目的地、九条の映画館に向かいます。
天王寺から九条へは、環状線&阪神線経由と、
地下鉄乗り継ぎがあるんやけど、
時間に余裕あるし、安いしで、地下鉄乗り継ぎコースで。
またも、谷町四丁目乗り換えでした。
ちなみに九条からの帰り道、普段は中央線〜堺筋線で帰るんやけど、
この日は、タイミングが悪かったのか、
Googleマップさんに「谷四乗り換えの方が早いよ」言われました。

結局、この日は、大阪歴史博物館に行く時、
そこから大阪市立博物館に行く時、
九条に行く時の乗り換え、家帰るときの乗り換えと、
4回、谷町四丁目駅を利用。
そんなに頻繁に来る駅やないんやけど、
重なる時は、重なるもんですな〜。

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