1953年に公開されたことの意味。BBBムービー「ひろしま/Hiroshima(1953)[オリジナル]」
YouTubeで無料公開中の「ひろしま」を観た。
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ずっと「観なきゃ」と思いつつ、ビジュアルの恐ろしさに気圧されて、
先延ばしにしてきた映画なんやけど、
YouTubeで無料公開が始まったので、
「とうとう時期が来たか」と、
覚悟して拝見いたしました。
やはり、凄まじい映画でした。
だけど目を背けちゃいけない、
いや、目が背けられない映画でした。
この映画が公開されたのが、1953年、
原爆から8年後、広島市民の実に約8万8千人がエキストラとして出演したそうです。
中には、実際に原爆を体験した人や、遺族もたくさん、いらっしゃったらしいです。
もうストーリー云々より、その生々しい記憶が薄れる前に、
できるだけ形にしておきたいという執念のようなものも、感じます。
そして、この1953年というのは、
サンフランシスコ講和条約が発効になり、GHQの占領が解かれた翌年。
占領下では許されなかった、原爆の表現を、
堰を切ったかのような勢いで、形にした広島市民の叫びが聞こえてきそうな気がします。
本当は、もっと早く残しておきたかったのだろうな。
しかし、当時の日本政府や大手映画会社はアメリカに忖度して、
配給を拒んだり、妨害に近い行動にでたそうです。
隠せば、史実がなくなるわけでもない。
嫌なことでも、アメリカの機嫌を損ねることでも、
しっかり事実と向き合うことでしか、
新しい歴史は、積み重ねられない。
嘘の上に積み上げられたものは、いつか崩れ落ちる。
それは、時代を超えて、今も続く普遍的なことだと思います。
映画の中でも、1953年当時、早くも戦争記憶が風化して、
町に軍艦マーチが鳴り響いたり、
被爆者に無神経な発言を発言するシーンが出てきます。
そんな危機感もあって、自分たちの記憶が薄れる前に、
形として残しておきたかったんやな、と思います。
戦争で亡くなった人たちの無念を晴らすのは、
ただ崇めることじゃない、ただ美化することじゃない。
彼らの体験を、まっすぐ見つめて、
それを二度と繰り返さないよう努めることでしか、
その無念を晴らす手立てはないのではないか、
心から、そう思いました。
これは過去の歴史を知るためだけの映画ではない。
今、まさにアメリカへの忖度で、何かが歪められようとしてる。
そのことの悍ましさを、この映画と、この映画の背景は教えてくれるのだと思います。
それは、きっと今に限ったことではなく、
人間が歴史を積み重ねて行く限り、
心に、頭に、置いておかなくてはならない大切なことなのだと思います。
観て、本当に良かった。
まだ観てらっしゃらない方は、
ぜひご覧ください。

