確実に大きな星であった人の追悼上映。BBBムービー「この星は、私の星じゃない」。

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今年8月7日に亡くなられたウーマンリブのカリスマ、
田中美津さんのドキュメンタリー映画が追悼上映されたので、観て来た。

う〜む、主張や思想には、「大いにうなづく」ところも多いし、
概ね共感できた。
けど、個人的にこの人と接すると、
ワシはイライラしてしまうやろな、とは思ってしまった。

「自分が正しい」という自己肯定感の裏には、
不安が潜んでるのも映画で分かったけど、
「私が正しいのだから、あなたの意見を変えなさい」
と取られてしまいかねない言い方は、
結局、違う意見の人の意見を変えさせることには、
至らないんやろうなあ、とは思ってしもた。

今より、ずっと女性が大変だった時代なので、
突っ張って生きざるをえなくて、
こういう言い方が染み込んでしまったんだろうとは思うけど、
他人の悲しみを、私は、理解できるということを主張し過ぎると、
相手はかえって心を閉ざすこともあるんやないか、と思った。
少なくとも、ワシは「わかったような顔をしないでくれ」と言いたくなると思う。
息子への言葉は、ワシやったら、
「それが正しいかもしれんけど聴きたない!」と耳を塞ぎそうやと思った。

そんなこと含め、田中さんも、いろいろ壁にぶち当たって来た、
一人の人間やったんやなあ、ってことが、
意外でもあったが、すごく納得できた。

ともあれ「Me Too運動」のはるか昔に、
ほぼ同じ主張をしていらっしゃった、
偉大なる先人のご逝去には、
心から追悼の意を表したい。

「この星は、私の星じゃない」というタイトルには、すごく共感した。
ワシも、きっとずっとそんなことを思っていた。
ここはワシの居場所やないという意識。
福岡に転勤になった時、引越しの作業が一段落して、
新しい自分の部屋で、一休みした時、
不意に「ずっとここにいてもええんや」
「なんなら死ななくてもええんや」という不思議な気持ちが、
湧いて来た。
実家に居場所がないと思ってたわけでもないし、
死にたいと思ってたわけでもないのに、
心のどこかに、そんな気持ちのあったことに驚いた。

あと書かれた本の「かけがえのない、大したことのない私 」という
タイトルにも共感。
そう、自分が世の中を変えるほど、すごい人間ではない、
大したことない人間であることはわかっている。
けど、大したことあろうと、なかろうと、
それは、かけがえのないこととは全く関係ないのだ。
ワシはワシにとって、唯一無二の人間なのだから。
それを、世の中を確実に変えた田中さんが言ってることがすごいなあ、
と思った。
本を読まずに言うのも、なんだけど。

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