なんだか、体験したことがあるような気がした。BBBムービー「ヴァタ ~箱あるいは体~」。

公式サイト
不思議な映画だった。
マダガスカルという、名前は知ってても、
民族や、暮らしすら知らない。
ましてや、宗教観や死生観など、
想像すらできない。
ワシが唯一知ってるマダガスカルの知識といえば、
喜納昌吉さんの「すべての人の心に花を」がマダガスカル語でもカバーされてる、
ということに驚いたくらいのことだ。

あまり知識なしで観に行ったので、
ドキュメンタリーだと思いながら、観始めた。
あれ?どうもストーリーがあるぞ。
「演技」という概念もなさそうなマダガスカルの人たちが、
なんか拙いけど、可愛らしくもある芝居をしている。

ストーリーは、非常にシンプルだけど、
そこに横たう死生観は、きっと民俗学的にも価値がありそうな気がする。
制作者は、その死生観について、
映画のための付焼刃ではなく、
現地で、しっかり感じた上で、ストーリーを構築しているのだろう。
ユーモラスだけど、神話を形にしたような、
風格や普遍性も感じる映画だった。

これほどの時間をかけて、死者を悼み、死者と生きる生活。
死者のことは、できるだけ簡素に済ませて、
普段の生活に戻ろうとする今の日本の傾向と比べると、
どっちが豊かなのか、と問わずにはいられない気がした。
(かと言って、あんな生活、できないけどね)

死と生が入り混じる最後の饗宴は素晴らしかった。
なんとなく「この命の踊りと音楽は、知っている」と感じた。
先祖の記憶がワシに遺ってるのか、過去生で経験したのか、
過去生の死後、あちらの世界で体験したのかは分からないけど、
なんか「知ってる」と感じてしまう、すごい命の塊だった。
死者も混じる、このシーンに命を感じるというのも、おかしな話だけど、
確かにここには、命がないと存在しない何者かが、ある気がした。

この日は、監督の亀井岳さんと、音楽ライターの吉本秀純さんのトークセッションもあった。

これがまた面白くて、
いつまでも聴いていたいくらい、
情報や刺激を頂いた。

入口には、映画で実際に使用したギターが置いてあった。
トークセッションでゆーてはったけど、一本の木をくり抜いて作ってるらしい。
「この音楽には、この音しかない」と思う、あの音は、
こんな素朴なギターから流れ出していたのか。

次の用事があったので、パンフレット買って、そそくさと帰ってしまったが、
パンフレットにサインしてもらって、ゆっくり話をお聴きしたかった。

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