社会問題の日in京都①「阿波根昌鴻 写真と抵抗、そして島の人々」ほか@立命館大学国際平和ミュージアム
こないだ月曜日は、京都をあちこち回って、
社会問題について考える日になった。
まずは立命館大学の国際平和ミュージアムへ。
平井さんから教えてもらった、沖縄伊江島の阿波根昌鴻さんが撮った、
戦後の伊江島の歩んだ苦難の歴史を丹念に撮った、
「阿波根昌鴻 写真と抵抗、そして島の人々」という写真展。

この施設、初めて行くし、この周辺も、堂本印象美術館くらいしか
来たことなかったので、
道すがら、残りの秋を楽しみながら歩いた。



内装も、手塚さんなんや、ええ感じ!
と呑気に思ってたのは、ここまで。


中に入ると、圧倒された。
何度も訪れたパラダイスのような伊江島。
沖縄戦の悲しい歴史は知ってたし、
小さな島の大きな部分を米軍関連施設が占めているのも知ってたけど、
島民たちが、こんなに厳しい戦後を生きていたとは知らなかった。


戦後の伊江島を襲ったのは、銃剣とブルドーザーだった。


否応なく、自分たちの土地が奪われてゆく。
戦争に負けたから?
沖縄が戦略的に大事な土地だから?
そこに代々住んできた人にとって、
そんなこと、なんの関係があるのだろう。


当然、住民たちは、抗議の声を上げる。





「金は一年 土地は万年」。ほんまにそうやなあ。
しかし、その声は、握りつぶされる。
住民たちは挫けない。



「乞食するのは恥であるが、武力で土地を取り上げ、乞食させるのは、尚恥です、泥棒された人も責任があるが、泥棒した人程には恥でない」。
「泥棒された人の責任?」と思ったが、それは、敗戦国日本の国民である、
という意味なのだろうか。
この人たち、一人一人に責任があるとは、どうしても思えなかった。
ただただ爆弾のように、理不尽な出来事が降ってきたようにしか思えなかった。


ベトナム戦争中にも、模擬爆弾であるが、
伊江島に一日最大80発もの爆弾が投下されたことに、驚いた。
しかも、核模擬爆弾。
米軍は、ベトナムにも核爆弾を落とす準備をしていたってことなのか!
しかし、それを米軍より先に運び出す住民に、
逞しさを感じる。
もっとやってしまえ!と思ってる自分に気づく。


阿波根さんの言葉に無抵抗主義の片鱗を見る。






ここは、痛々しくて見てられない写真も多かった。
犠牲者を出しながらも、住民は訴え続ける。


最後のコーナー。







痛々しい写真をいくつも見てきたので、
このコーナーの伊江島の人たちの穏やかな顔にホッとする。
しかし、なぜ、彼らは、どうしようもない現実を抱えながら、
こんなにいい笑顔ができるんやろう。
これが、毎日を生きていく、ということなんやろなあ。
観終わってから、ワシを伊江島に導いてくれた松本さんにメールを送った。
松本さん、お会いはしてないけど、阿波根さんが亡くなられた年に、
伊江島に移られたらしい。
ワシから、そんな近距離にいた人なんや!
もしかしたら、写真に写ってる人とワシは会ってるのかもしれない。
伊江島ですれ違ったあのおじいやおばあが写ってるかもしれないし、
抱かれている小さな子は、あのお店にいた人かもしれない。
少なくとも、写真に写ってる人の子どもさんや、お孫さんの一人とは、
喋っているのだろう。
そう思うと、写真の中の信じられないような写真が、
いきなり目の奥に飛び込んでくるような気がした。
そして、松本さんは阿波根さんのことを
「伊江島のガンジー」と呼んだ。
まさしく!
ずっとモノクロの世界にいたからか。
展示室を出て、窓の外の銀杏や小さなピンクの花の色を見て、
なんだかすごくホッとした。

この施設では他の展覧会もやってて、
同じ料金で入れる。
せっかくなので、入ってみる。

まずは、「描かれた加害-坂本正直が向き合った戦場体験-」。
これも凄まじかった。
中国・台湾の従軍経験から、加害者としての自分に向き合う。
正直、辛い作業だろう。
だけど、それをしないでは生きてられないような気持ちになるのかもしれない。
続くものたちへ遺しておきたい、という気持ちもあったのかもしれない。





後になって考えれば「殺さんでも良かった」という思いが湧く。
けど、そんな判断力を奪うのが、戦争なのだ。
これはまったく知らなかった!
いつか行きたいと思ってた長野の無言館の分室が、ここにできていた。

無言館は、戦争で命を落とした学生中心に、遺した絵を展示する施設。
撮影禁止だったんで写真はないけど、
日本画、洋画、画風も画材もいろいろな人々の、
やはりどことなく、ちょっとワシにはわからん思いの溢れる絵が並んでいる。
ふとどこかで観たことあるような色使いの絵が目に止まった。
解説を読むと、小野竹喬さんの息子さん、小野春男さんの絵だった。
お父さん譲りの柔らかいのに凛とした線のない輪郭、優しい色使い。
お父さんより、少し写実的か。
気になったので、帰ってから検索してみた。
無言館・戦没画学生の作品「出征前、生涯最後に描いた絶筆」日本画家・小野竹喬の長男は戦地に散った
本人も口惜しかっただろうけど、
竹喬さんも、もちろん、家族全員が口惜しかったんだろうな。
竹喬さんが好きなワシとしては、
目に止まったのが、息子さんの絵で、ちょっと嬉しかったのだけど。
この3つの展示は、すべて一階で展示されてて、
この地下には常設展として、
日本の近代以降の戦争の、量・質ともに、
ものすごい展示があった。
ここまでは予想してなかったので、
次の場所に行く時間が近づいてて、
この日は流し見しかできなかったが、
次回は、これメインで来なくちゃ、と思った。
立命館大学国際平和ミュージアム、かなりすごい施設です。
この施設を知れて、本当に良かったです。

