社会問題の日in京都②「水俣・京都展」@みやこめっせ。

京都の北西の端、立命館大学からバスを乗り継いで、
東の端の岡崎公園、みやこめっせへ。
立命館大学国際平和ミュージアムの話はこちら。

会期が短くて、タイミング合いそうになかったんで、
諦めかけてたんやけど、
やはり一度は、どうしても観ておかんとあかんと思って、
時間作って、みやこめっせに「水俣・京都展」を観に行った。

ワシは初めて行ったんやけど、水俣展、ずっと全国回ってたんやな。
ここしばらくは途絶えてたみたいやけど、
去年の福岡から復活したみたい。

映画「MINAMATA」や原一男さんの「水俣曼荼羅」、
佐藤真さんの「阿賀に生きる」、観てたので、
ちょっとは知ってるつもりやったけど、
やはり、これだけのビジュアル&文字資料を見ると、
圧倒されてしまうなあ。

無理矢理、時間作ってきたので、
閉館まで、1時間ちょっとしかなくて、
駆け足で観なければ、ならなかったんやけど、
もっと詳しく観たかった!と後悔してしまう濃い内容だった。

それにしても事実を認めようとしない企業や行政の姿勢ってのは、
今も、この頃も変わらないのやなあ。
御用学者に、自分に都合いいこと言わせれば、
事実が変わるわけではない。
それどころか、事実の究明が遅れて、
水俣で、新潟で、全国各地で、
より被害を広げてしまう。
いくら自分に不都合であろうと、
事実を認めて対策することが、
罪を大きくしないことなんやなあ。
この水俣の教訓は、
今に生かされてるんやろうか。
公害病と個人被害で違うかもしれんけど、
最近の性被害の裁判とか見てると、
同じ轍を歩んでいるようにも思えてしまう。

あと、この頃から、被害者に対して、
「補償金目当て」とか、直接関係のない人たちからの中傷が、
すごかったことが、なんだかショックだった。
そのことで自分が得するわけでもなんでもないのに、
こんなに苦しんでる人たちの苦しみを理解せずに、
「補償金をもらう」という一点で、
言われのない中傷をぶつけ、被害者をより苦しめる人たち。
この行為って、人間の本性なのだろうか。
だとしたら、あまりにも悲しいなあ。

「水俣曼荼羅」同様、水俣病に苦しみながらも、
必死で生きようとする人々の姿に、少し救われた。
ポスターになってる鳩を手に持つ少年の笑顔は、
ほんまに素晴らしい。
この少年、動物が大好きで、
鳩を持たされて、ほんまに自然にこの笑顔になったらしい。

ちょっと気になったのは、展示物、
かなり古いのをそのまま使ってるようで、
今の状況はどうなってるんだろう、
というのがわからなかったことかなあ。
昔の資料でも、今の技術だったら、
もっと見やすく作れそうなので、
クラファンでお金集めてでも、
展示物のリニューアルをしてほしいなあ、と思った。

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