映画「水俣曼荼羅」。

6時間12分という時間を、
これほど短く感じたことはなかったかもしれない。
「行こう!」「行きたい!」と思い、
「この日に行く」と決めときながら、
その日、睡眠不足だったり、ちょっと体調が悪かったりすると、
「体力的に無理かも」と何度か予定変更するくらい
躊躇してた「水俣曼荼羅」をようやく観た。

途中休憩2回あったので、トイレ中座なしで、観了。
だいぶビビってたけど、固い話ばかりやなくて、
それほど疲れることもなかった。
観終わったときのやり切った感は、
どの映画観た時より、デカかった気がする。

素晴らしい映画だった。
と同時に、ものすごく反省させられた。
ワシは水俣病のこと、何も知っちゃいなかった。
経緯とかは少しは知ってたものの、
どういう病気か、特に体のどこがやられることが、
根本の原因ということは、ほとんど知らなかったし、
患者さんたちのことは、全くと言っていいほど知らなかったことに、
映画を観ながら気付かされた。

そして、水俣病という病気が生まれたことによる
大きな波紋の広がりを思った。
患者や、その家族だけでなく、すごい沢山の人が、
その波紋に巻き込まれているんやな。
医者、弁護士、支援者、、
そしてきっと加害者の運命も、大きく狂ってしまったのだろう。
ひとつの不幸は、連鎖のように、次の不幸を産む。
それは社会の記憶から薄らいで行っても、
決して当事者から消えることはない。

重いテーマの映画だが、映画はずっと重いままではない。
救われるのは、一番の被害者、水俣病の患者さんたちのシーンだ。
患者でありながら、その中で自分の人生を楽しもうとする人たちが
ほんまに素敵で、観てて微笑ましくなるくらい可愛らしかった。
お嫁さんが来て、大喜びするおっちゃん、
恋多き乙女のおばちゃん。
もちろん、加害者への複雑な思いがないわけではないだろうが、
今、ある自分の生を、肯定して、
その中で幸せを追求しようとする。
人として、全く正しいと思った。
だけど、その影には、この人たちの耐えられないほどの苦しみがあり、
幸せを追求する時間も与えられず、
消えていった命があることも忘れてはいけないとも思った。

さっきも言ったけど、この病気は、
もちろん加害者側の人生にも大きく関わってるんやろう。
無理やろうけど、加害者側の本音のドキュメンタリーも観たいな、と思った。
もし、ワシが役人で、あの裁判や記者会見の場所に座ってたら、
と想像したら、耐えられる自信はまったくない。
直接自分が関わったわけではなくても責任はある。
心情的に被害者の気持ちに近くても、それは立場上、出せない。
それを想像すると、気が狂いそうになる。
ワシは、自分の良心に従えない仕事は絶対に嫌やと思った。

一体、国とは。県とは、行政とは、なんのために存在するのだろう。
そもそもは、ひとりひとりの人たちが、少しでも幸せに近づくために、
人が考え出したものではないのか。
それが、その国という組織、県という組織を守るために、
人々から幸せを奪う方向に動いてしまう。
なんと逆説的な不幸なのだろう。

このシステムを健全に、ひとりひとりの幸せに奉仕するものに
作り変えることこそが、人間が進化していくための課題なのではないか、
そう思えてならなかった。

観るべき映画を、ちゃんと観れた。
ほんまによかったと思う。

この映画を世に出してくださった原一男監督、
出演された皆さん、スタッフの皆さん、
そして、一生水俣病と関わり続け、
この映画にも、ご出演されながら、
完成を見ることなく逝かれた
石牟礼道子さんに、心からお礼を言いたい。

最後に。
水俣病は、まだ全然終わった問題ではない。
この映画をきっかけに、すべての人が救われるわけではないだろうけど、
一人でも多くの人が、少しでも幸せに近づけるよう、
願って止まない。

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