自分の中にも、ステラはいるのかもしれない。BBBムービー「ステラ ヒトラーにユダヤ人同胞を売った女」。

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最後までスリリングで目の離せない映画だった。
説明的なカットがほぼなくて、展開速いし、
顔認識能力の低いワシが、一番見分けにくい、西洋人男性が山ほど出るんで、
ところどころ、迷子になりそうにはなるが、
大きな流れは、なんとなく分かるので、
ストレスを感じることはなかった。
脚本がよーできてるってことやろな。

こういう歴史フィクションみたいな映画って、
他人事やと思うと、ストーリーを追っかけるだけになるし、
今現在も、同じような体験をしてる人がいるかもしれないので、
できるだけ「自分やったら、どうするか」という目線で観るようにした。
…わからない。
自分の真意や信念を曲げずに、
自分にとっての正義を貫き通せる自信はない。
ステラと同じようなこと、してしまうかもしれない。
自分の中にも、ステラはいる。のかもしれない。

ステラは、自分の美貌を自覚してるからか、
ちょっと調子に乗ってしまうところあるけど、
根っこのところでは、家族を助けたい、
生物として自分が生き残りたい、
という衝動が原動力の行動であることは、
間違いないと思う。
結果的に、これほどまでに、人の行動を歪めてしまう
ナチスの恐ろしさが、浮かび上がってくる。

最後のステラの行動には、驚いた。
ほんまに最後までドキドキさせる映画やなあ。
あの行動、悲しいけど、きっとステラの中にも、
良心が残ってたことの証なのだろう。
同胞への罪悪感ゆえの行動なのだろう。
と、思いたい。

映画の終わりの方に出てきた、
「過去の出来事に罪はない。
だが、これからのことに責任はある。」(みたいな意味の言葉)
「人間であれ。」
という言葉が突き刺さる。

2025年現在、イスラエルのやってることを考えると、
さらにこの言葉が重みを増してくる。
ユダヤの人が考えてるのは、
ナチスがジェノサイドしたのが、ユダヤ人やから、
あかんかった、ということなのだろうか。
ワシにとっては、今イスラエルがやってることも、
同じ類のことのように見えてしまうのだが、

例えば、ナチスが迫害したのが、パレスチナ人なら、
ユダヤ人にとっては、構わない、ということなのだろうか。
それはどー考えても詭弁やと思えてならない。
だとしたら、ナチスをユダヤに置き換えただけの
優生思想なのではないだろうか。

まあ、ユダヤ人も一人一人違うんやろうけどね。

2月21日公開予定の「ノー・アザー・ランド 故郷は他にない」に、
期待しよう。

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