日本のレッド・パージ、ワシ、よく知らなかったんやなあ。BBBムービー「レッド・パージ~今に続く負の遺産」。

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1949年から51年にかけて、全国に広がった、
日本におけるレッド・パージを、
わかりやすく、詳細にまとめた映画だった。
ワシは、日本でのレッド・パージ、よく知らなかったので、
大変勉強になる映画だった。

吉田内閣の方針でもあったし、
経営者側の意向もあったのに、
GHQの命令やから、やもなく実行した、
みたいな言い訳で、責任を回避しようとする姿勢、
ほんま、ずっとあの政権のやることって、
変わってないんやなあ〜〜。
というのが、よ〜〜にわかる映画だった。

日本国憲法が公布された、わずか3年後に、
その日本国憲法を自ら否定するような行為、
たとえGHQの意向があったとしても、
やってしまうのって、恥ずかしくないんやろか?

自分たちにとって、不都合なことを、
思想統制で禁じてしまうことの、どこが民主主義なんやろう。
社会主義と民主主義が、反対のイデオロギーとしてしまうことに、
無理があると思うなあ。

ワシは、都度都度、自分の考え方に近い政党を選びたいので、
ひとつの政党の党員になったことはないし、
これからもなることは、ないと思う。
けど、「その政党にいるから」という理由だけで、
職を失うということが、決して許されない、ということには同意する。

かつてのオウムや、今の統一なんとか、のような、
宗教的な団体が、犯罪行為を犯したり、
洗脳することを禁じることは、否定しないけど、
イデオロギーという心の中の問題で、
行動を縛ることは、決してあってはならないことだ、
ということを、改めて思った。

この映画は、レッド・パージについて、
政府に対して被害者への謝罪と賠償を求める、
今も続く運動のための映画なので、
レッド・パージの吹き荒れるまでを纏めているのだが、
ワシとしては、それがどのように収束して、
共産党が政党として認められるようになったかまでも、
まとめて知りたかったなあ、とは思った。

もうひとつ違和感を覚えたのは、全体のトーン。
現在の映像も、編集でのスーパーの入れ方、ナレーションのトーン、
あえてそうしてるのかもしれないけど、
すごく古臭い感じがしてしまった。
フライヤーの「レッド・パージ」の書体なんて、
ワシが子どもの頃の怪談映画のようだ。
映画の中でも、運動に若い人が参加してくれるのを、
好ましく思ってるような描写があった。
若い人にも知って欲しいからと言って、
チャラクする必要は、さらさらないと思うけど、
この古臭い感じは、いかがなものかなあ。
これが、単なる歴史の記録ではなく、
今も続く問題なんだと、感じさせるためには、
ちゃんと2025年に制作されたという現在の匂いも感じさせる
映画にするべきじゃなかったか、と思う。

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