前半の共感と、後半の怒涛。BBBムービー「クィア」。
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途中まで、文学的な映画やなあ。
老いらくの恋かあ、厄介やなあ。
そーそー!ジジイって性能力衰えた分、
金や権威でどーこーしようとするよなー。
ワシも気ぃつけんと。いや気ぃつけるほど金ないか。
若い奴、ツンデレやなあ。
でも相手に対して、性欲はそれほどなくても、
金づる以上の愛情はあるかなあ。とか思ってた。
ワシが言うことやないかもやけど、
まっ昼間っから仕事もせんと、飲んでるなあ、
とか、なんか町とか山とかの遠景がミニチュアっぽいなあ、
飛行機もリアルやないなあ、ほんまに飛んでるようには思えん。とも。

後半、怒涛の謎展開が襲ってきた。
そーや、原作バロウズやった。
このまま、文学的なだけで終わるわけなかった。
なんじゃこれ。
ぶっ飛んでる。
けど、なんやおもろいぞ!
主人公リーは、言葉よりも、衝動で、
口にするものより、心に溢れてしまうもので、
ユージーンと繋がりたかったのかもしれない。
ユージーンを知りたかったのかもしれない。
だとすると、むちゃくちゃ極端な手段ではあるけど。
前半のゆるりとした展開に比べると、
後半はジェットコースースターのような展開で、
町がミニチュアみたいで、リアリティなく見えてたことの理由も、
なんとなく、わかった気がした。
さすが元007のダニエル・クレイグの演ずるリー、
歳の割に、ええスタイルやけど、
ユージーンと重なった時の肌のツヤは、
比べるべくもない。
「あの若々しいダニエル・クレイグにして、これだけの差が」と、
思ってしまった。
と、いう面でも、ダニエル・クレイグの起用は正解やったんやろう。
けど、バロウズの原作が日本に紹介された1988年、
当時の邦題が「おかま」。
あからさま過ぎるわなあ。
ところどころ使われてるニルヴァーナの曲、
カート・コバーンが大のバロウズファンだったこと
知ってる人には納得やろうし、
使う前提で考えれば、よう考えられた、ええとこで使ってるんやけど、
ワシも「ええなあ」思いながら観てたんやけど。
その頃のメキシコとか南米のムードはないので、
知らん人には違和感ありまくりやったんちゃうかな?
と少し心配。

