「没後40年 鴨居玲展 見えないものを描く」@美術館「えき」KYOTOなど。

テリー・ライリー終演後、
京都駅に戻る。
京都駅で、行きたいところが二つあったのだ。
まずは、こないだテレビで見た、
京都駅に降る雨水を利用したという「雨庭」。

フロアガイドとかにも場所書いてないので、
案内所で聞いてみる。
案内の方もわからないようで、ベテランの方を呼びに行ってくださった。

駅の東側のエスカレーターの先にあるらしい。
西側の大階段のあるエスカレーターは何度も利用してるけど、
東側のに乗るのって、いつ以来やろう。
京都劇場にお芝居を観にきたことがある気がするが、
それがいつだったか、誰のどんな演目だったかも、
思い出せんわ。

雨庭のあるところは確認できたけど、
その前に、少し、南広場、観てみよう。
おお!新幹線ホーム、見下ろす場所にあって、
子供の遊具あったり、カウンターがあったり、
なかなか寛げそうな場所になってるやん!
子ども連れが遊具で遊んでたり、
学生さんが参考書広げてたり、
なかなか憩いの場になってる。
無料やし、雨も凌げるし、眺めもいいし、
風も気持ち良くて、なかなかのロケーションであります。

で、雨庭。

すんません!思ったよりしょぼい気がします!
フロアマップに載ってないのも、仕方ないか。

けど、西の階段より、ずっと空いてるし、
京都タワーは正面に見えるし、
なかなかの穴場かなあ。

雨庭をさらに辿って(たぶん)スタート地点に。
う〜〜む、雨水を利用してるのはええけど、
植栽としては、あまり何も感じないぞ。
せめて、水生植物のところには、メダカ入れるとか、
もう少し、本気があればなあ。
もしくは、もう少し、美しさに気を遣って頂ければ、
と思ったのでありました。

けど、こっち側、ほんまに人数なくて、
飲食店も、割と空いてて、
京都駅で、ご飯食べようとして、どこも混んでて困ってる人には、
ほんまに穴場かもしれんです。

で、ここからの眺め。

これ、なかなかのもんでしょ?
で、ここから右上に見える通路、
空中径路(Skyway)って言うらしいんやけど、
ここ通ったのって、
たぶん、京都駅ができた当時、探検しまくって、
行ったきりなので、30年近く前になるんかも。
で、次の目的地、美術館「えき」KYOTOは、
この空中径路の先。
通らずに行こうとすると、また一度下まで降りないとあかん。
通らない手はありません。

もちろん、無料です。エスカレーターに乗り込みます。

おお!なんかこんなんやった!
確か、オープン当初、探検に来たら、凄い大声で騒いでるおばちゃんたちがおって、
その中心の一番騒いでるおばちゃんに「亮ちゃん!」と声をかけられて、
ビビったことがあった。
わりと近所に親父の実家があって、その近くに住んでる、
親父の弟、勇叔父ちゃんの奥さんの、みちこおばちゃんやった。
近所にこんなんができて嬉しくて、いろんな人連れてきてるらしい。
おばちゃんも、亡くなって久しい。
かわいいおばちゃんやったなあ、とか思い出しながら歩く。

おお!京都タワー、真っ正面なんや!
これは、これで穴場やなあ。

で、すっかり前置きが長くなりましたが、
二つ目の目的地、美術館「えき」KYOTOで、開催中の、
没後40年 鴨居玲展 見えないものを描く」に、ようやく辿り着きました。

鴨居玲さんを知ったのは、いつだったろうか。
こんなに酔っ払いをモチーフにしてる画家を他に知らない。
特に、日本人の画家で、酔っ払いを描いてるのって、
あまり記憶になくて、
どこかで知った時から、ずっと生で観たかったので、
今回、この展覧会は、「絶対に行かなきゃ」と思ってた。

作品は、基本、編年的に展示してあった。
実際に絵を観ると、まだ酔っ払いの絵は観てないのに、
「ワシ、やっぱりこの人の絵、好きやなあ」と思ってしまう。
若い時の絵から、何か人間の底の底を見透かすような、暗い色調。
レンブラントの影の部分で、構成されてるような印象を持った。

そして、お待ちかね、酔っ払いの絵を集めたような一角。
鴨居玲さん、スペインに移住してた時があるらしく、
これらは、そこで観た酔っ払いたちらしい。

四方を酔っ払いの絵に囲まれてると、
なんだか自然とニコニコしてしまっていた。

ところが、一枚の絵の前で、ワシは動けなくなってしまった。
同じような酔ってるであろう老齢の男性が、座り込んで、
虚空を漂う蝿をぼんやりと見つめてる絵、
タイトルは「蝿」とある。
それを見つめているうちに、なんだか涙が溢れてしまった。
なぜだか、しばらくは、わからなかった。

わからぬまま、次のところに進み、観てると、
鴨居玲さんの言葉があった。
「酔っ払うのは、弱いものの特権」。
ああ、そうか、ワシは、あの絵に、
あの老人の弱さ、酒に逃げざるを得なかった、
もう後戻りのできない人生を感じ、
それを自分に重ね合わせて、
どうしようもない寂寞とした思いに、
押しつぶされかけていたのだな。

そう思って、もう一度、「蝿」も含めて、
酔っ払いたちの絵を観ていくと、
どの絵も、ただご陽気に酒を飲んで騒いでるだけではなく、
みんながみんな何かを叫んでいるように思え出した。

そして、それは、鴨居玲さんの叫びでもあるんやな、と思った。

酔っ払いを見ながら、自分の内面を、見てしまう。
それは、なんだかナオユキさんの芸にも重なって来る気がした。

鴨居玲さんは、自画像もたくさん描いていらっしゃる。
自画像を描く人って、信用できるよな、という思いが、
ふっと湧き上がる。
自画像を描くには、自分と対峙せんとあかんもんな。
(ナルシストでない限り)
本質を捉える力のある画家が、自分を描こうとすると、
それは自分の内面とガチに向き合わざるを得ないのだろう。
そして、自分を俯瞰で見ることは、
世界と、どう対峙するか、ということにも、
繋がらざるを得ないのだろう。
そういう視点を持ってるからこそ、彼は、酔っ払いを見てても、
その中に自分にもある悲しみを見てしまうのではないか、と、
なにかが一本の線で繋がった気がした。

「なんかワシの好きそうな感じ」って気持ちで、
観に行った展覧会やったけど、
なんかすごく大きなものを、押し付けられたような気がした。

グッズコーナーに行くと、
今回は、そんなにグッズが充実してない印象。
特に「蝿」のグッズは、絵葉書くらいしか見つからなかった。
「チッ」て気持ちもあったけど、
「良かった」って気持ちも半分あった。
この状況で、グッズコーナーが充実してたら、
ワシ、「蝿」をモチーフにしたグッズ、全部買ってたかもしれん。

絵葉書3枚で、抑えられたのは、上出来だ。

この後、間に合えば、行きたいライブもあったのだが、
もうこの受け止めきれないような衝撃で溺れそうになってたワシは、
ライブのことすっかり忘れて、帰りの新快速に乗ってしまった後、
「あ、そう言えば」と思い出し、時間を見たら、
乗る前に気づいたとしても、ライブに間に合わない時間になっていた。
ワシ、どのくらいあの美術館にいたんやろうか。

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