今の日本とこの映画の世界、どれほど違うだろうか。BBBムービー「少女はアンデスの星を見た」。

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南米の物語って、どうしてこんな呪術的な気配が濃厚に漂うのだろう。
小説だけど、ガルシア・マルケスを読んだ時に感じた、
背中から何かを被さられたようなゾワっとする空気を、
この映画観てる時も感じて、
怖いような、ドキドキするような、不思議な感覚を味わった。
この感じをマジック・リアリズムと言うのだろうか。
ようできた言葉やな。

設定は1980年代のアンデスの山奥の村。
小さな共同体ならではの因習や家父長制の強く残る社会で、
次々に少女を不幸が襲う。
自分には、なにひとつ、落ち度はないのに、
少女は、どんどん行き場を失う。

全編モノクロ、たぶんん全カット、フィックス。
それは、少女を、村を、見守るけど、
実際には何もしない精霊の視点のように思えてくる。

ゆったりと展開する、寡黙な映画だけど、
ストーリーは力強く、
言いたいことに迷いがないように感じた。

あれ以来、口を閉ざした少女は、
一度だけ微笑み、一度だけ言葉を発する。
なんかその一度だけの人間らしい行為が、
余計に哀しく思えてしまう。

山奥の田舎の40年前の話だけど、
今の話にも、40年後の話にも思えてしまう。
そして、今ワシが暮らす2026年の大阪も、
本質的に、同じような、男性優位の、家父長制社会は、
根っこのところに残っているのではないか、と思えてきた。
ただの昔話ではなく、
今の社会も、一皮剥けば、そう変わらんのでは?
という警鐘を鳴らしてる気がする。
少なくとも、アフガンやインドに暮らす女性は、
同じような抑圧の中にいてるのではないか、と思う。
(ワシの乏しい知識での想像です。すんません。)

近々「Black Box Diaries」を観にいくつもりなのだが、
この映画のことも、思い出しながら、観てみようと思う。

終わり方の余韻がまるで俳句のようだった。
これはモンゴロイドが共通に持つ寂寞感なのだろうか。

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