「失踪」ではなく「蒸発」。BBBムービー「蒸発」。

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ある意味、文学的な比喩表現なのかもしれない。
人が、社会との紐帯を家族も含めて、すべて断ち切って、
いなくなることを、「蒸発」という言葉で表現する。

「失踪」に比べると、本人の意思ではなく、
自然現象のようにも、思えるし、
「失踪」なら、まだ取り返しが付きそうだけど、
「蒸発」となると、もうどうしようもない気がしてしまう。
この映画は、あえて「蒸発」という言葉を使って、
日本で年間数千人も出る行方不明者にスポットを当てた、ドキュメンタリー。
絵面的にも、被写体との距離感的にも何かクールな感じがあるな、
と思いながら観てたんやけど、
監督がドイツ拠点に活動する西洋人なんやな。

蒸発した本人、残された家族、双方がこの映画には登場する。
家族の前には、今の時代、「個人情報保護法」が立ちはだかり、
なかなか蒸発した家族の痕跡を追えない。
観てる時は、その家族に思い入れして、
「家族なんだから教えてやれよ!」と思うんやけど、
ふと考えると、その蒸発した人は、もしかしたら、
「その家族から、逃げるために、行方をくらましたのかもしれない」と、
ハッと気づき、どうすればいいのか、分からなくなる。

行動を起こす理由は、人によって違うのだろう。
金銭問題、人間関係、仕事問題、
確たる理由もなく衝動的に動いてしまうことも、あるのかもしれない。

この映画に、「これ」と言った結論が出ないのは、当たり前だ。
一人一人、事情も違えば、解決の方向も違う。

こういう映画で、必ず出てくるのが西成だ。
行き場をなくした人が逃げ込み、「それで構わんよ」と言ってくれる町。

今、その西成は、急速に綺麗になってる気がする。
昔ながらの日雇い労働者の簡易宿泊所は次々に姿を消し、
小洒落た、インバウンド向けのホステルや民泊が、どんどんできてる。
町は変化して行くものだから、仕方ないのかもしれないけど、
人口減少が叫ばれる日本において、
行方不明者は、ジリジリと増加している。
彼らの逃げ込み先が、どんどんなくなっていってるのではないか、
法律以上の最後のセーフティネットが、消えつつあるのではないか、
と、不安になってくる。

そう言えば、西成の三角公園のシーンで、
ヤンシがおった気がしたけど、気のせいか?

一概には言えないけど、こういう事象を知るたびに、
「自己責任」という言葉が頭をよぎる。
あの言葉は、弱者の居場所を奪うための言葉なんじゃないか。
この言葉のために、蒸発した人も、少なくないのではないかと思う。

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