何が正解なのか、まったくわからない。BBBムービー「コンセント/同意」。

※ネタバレを含みます。

公式サイト
うむむむむむ。
なんとも、コメントしづらい映画である。
まだ、生きてらっしゃるフランス男性作家の、
小児性愛の相手だった女性が、
その関係を告白した本がベースになっているらしい。
相手は当時14歳。

それは暴力や権力を振りかざしてのものではなかったとは言え、
14歳である。
まだ14歳、男女の違いさえあれ、ワシのことを振り返れば、
「性」そのものに興味が爆発しそうな年頃やったので、
恋愛感情と性欲が区別つかずに、機会があれば、してたかもしれん。

この映画の少女は、もっとしっかりしてて、
「初めては、本当に好きな人と」と思ってて、
自分の意思で、彼に身をゆだねるんやけど、
けど、そこは14歳。
その意思を生み出す価値観は、
まだまだ狭く、やはりその後に、
激しく心が揺れて、ある意味、トラウマになる。

元々、文学少女なので、
同年代ではなくて、大人に誘われるということ、
しかも、大作家に誘われるということに、
愛情というより、一種の憧れ的なものや、
「選ばれたわたし」的な感情も、あったのかもしれない。

男性作家は、そういう性癖の人のサガなのか、
とにかく少女をコントロールしたがって、
少女が自分の意思で反発したりすると、
ちょっとご機嫌斜めになったりもする。

最終的に少女は、自分の意思で、彼の元を去るのだけど、
それでも、まだ揺れてて、
それから何年経っても、まだその傷は癒えず、
たぶん、自分の気持ちを整理するために、
告白本を書き始めたのだろうと思う。

男性作家は、別れ際、少女に対して、ややうんざりしてた感じはあるのだが、
別れてからも、執着を見せたりもする。
思うに、彼は、少女の方から別れを告げられたのは、初めてなのではないか。
いつも、ある年齢に達したり、精神的に熟してくると、
興味がなくなり、自分から遠ざけていたのに、
初めて、少女から別れを切り出されて、
「愛情」よりも、「プライド」のために執着したように思えた。

彼女は、どうするべきだったのか、何が正解だったのか、
彼は、どうするべきだったのか、まったくわからない。

けど、トラウマになるような性愛の関係って、大人同士でも、
男女間に限らず、セックスの存在するところには、必ずあると思う。
そういう関係と、この映画のような関係の、
どこに線を引けばいいのだろう。
それも、考えれば、考えるほど、わからなくなる。

この映画を観て、前から疑問に思ってたことを思い出した。
小児性愛の人って、どうしたら報われるんやろう、ということ。
ワシは、当事者が納得していれば、
性別とか、プレイスタイルとかは、全然問題ではないと思っている。
SMだって、ワシは痛いのも、痛くするのも、嫌なので、
全然興味ないが、
死んだり、大きな怪我さえしなければ、勝手にしてくれればいいと思ってる。
けど、価値観のあやふやな少年少女を、
大人が性の相手にするのは、違う、という倫理観はわかるし、
同意する。

けど、けど、では、その小児性愛の人はどうすればいいのだろう。
「好き」は自分では変えられない。
コントロールなんてできるものではない。
精神の病として、治せるものでもないような気がする。
だけど、それにしか興味が向かない人は、
どうやって、自分と折り合いをつけていけばいいのだろう。

「誰一人取り残さない社会」ということは、
こういう嗜好の人も、取り残してはいけないのではないか。
どうすれば、こういう人を取り残さないでいられるのだろう。

この男性作家のことを「卑劣だ」と思いながら、
心のどこかで、その満たされない気持ちに、
心を向けている自分がいるのである。
一方的に「悪」と言ってしまえない、自分がいるのである。
やはり、考えれば考えるほど、正解から遠ざかってしまう気がするのである。

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