「ジャズってなんや?」に、少し近寄れたかな?BBBムービー「ミュージック・フォー・ブラック・ピジョン ――ジャズが生まれる瞬間――」。
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ずっと疑問に思ってることがある。
「ジャズとは一体なになのか」
「なにを持ってジャズとするのか」
そう大してジャズを聴いてるわけでもないし、
演奏する人間でもないワシが、
そんなこと思うことも、烏滸がましいのかもしれないけど。
で、この映画を観て思ったのは、
ある意味「答えなんて、必要ないのかもしれない」ってことだった。
一人一人、それぞれ違うジャズを持っている。
けど、「自分の心に正直に音を出す」ということでは、
共通してる気がする。
その「正直」は時代とともに、
そして、個人個人で違うのだろう。
だから、ここにあるのは、
「今時点で、最新のジャズ」なのだろう。
ワシには「最高のジャズ」とも思えたが。
決まりきった50年前から変わらない固定観念で聴くのとは違う、
聴いたことのない音の繋がりが、
この映画には溢れていた。

ふと思ったことがある。
音と音符の関係は、心と言葉の関係に似てるのかもしれない。
音符は音そのものではない、けど、記号として、
人と共有するために、必要なもの。
言葉も心そのものではないが、
誰か他の人と事象を共有するために必要なもの。
この人たちにとっては心と音楽はニアリーイコールで、
それは言葉にできるもんやないんやろな。
彼らの心が、そのまま音になってるような音楽を聴いたので、そんなことを思ったのかもしれない。
トーマス・モーガンが言葉に詰まるのも、
なんかすごくわかる気がした。
そして、心は一定のものではなく、
すぐに変化していく。
ましてや相手のいるもの。
だから、ジャズは、同じものは二つとない。
一瞬一瞬の真実の積み重ねがジャズなのかもしれない。
タイトルになってる逸話、むっちゃええなあ!
映画の筋で思ったのは、こんなとこだが、
細かい感想を言うと、リー・コニッツ爺さん、すんげえかわいい!
マイルスの「Birth of the Cool」も、やってた、
もはや伝説のすごい人やけど、
どーしても爺さんと呼びたいかわいさやったなあ。
あと、ジャズって、人も楽器も、
すごくフォトジェニックやなあ、思う。
同じ、サックスでもクラシックでも、
クラシックと比べると、ジャズの方が、グッと絵になる気がする。
だから、反面、「ジャズといえば、こういう絵」と、
すごく固定的に捉えられてしまったのかもしれんな。
「アドリブ」が軸になってる音楽やのに、
50年以上、あまりイメージに変化がないってのは、
ジャズらしくない話やなあ、思った。

