戦争が終わったことをサラエボにU2が伝えた。BBBムービー「キス・ザ・フューチャー」。
公式サイト
ローマから飛行機で約1時間半、大阪から沖縄より、
よっぽど近いところで、たった30年前に、
想像を絶するような、内戦があった。
ユーゴ崩壊後の民族紛争、なかなか理解しにくいのだが、
ワシはかつて、「アイダよ、何処へ?」という映画を観た時に、
それなりに勉強して、そこそこ知ってるつもりだった。
だけど、このドキュメンタリー観て、
やっぱりそこに暮らす人たちの気持ちまでは、
お腹に落ちてなかったのだなあ、と実感した。

U2、初めて聴いた時から、なんとなく、
瓦礫の向こうから聴こえて来るような音楽やなー、と思ってた。
U2は、一応形の上では納まっているが、
今も終結したわけではない、
北アイルランド紛争の中から生まれてきた音楽なのだな。
しかも、当時としては異色なくらい、
戦争や人権など社会的なメッセージを歌うバンドであった。
それが、まさしく隣人たちに迫害を受けて、
戦争が日常になり、毎日、家族や親しい人たちの死に直面する
若者たちに響いたというのは、よく分かる話である。
戦時下の若者が、地下ディスコみたいなとこに夜な夜な集まって、
音楽を聴きまくってたという話は、なんかジーンときた。
「人生残り5分だと言われたら、好きなことをするよな」
これは例え話ではなく、サラエボの現実だったのだろう。
U2が、そんな若者たちの力になりたい、と思うのも、
よう分かる話やな。
U2のイタリアでのライブ中、
テレビ生中継で、サラエボの若者と直接話す、というシーン、
今なら、なんてことないけど、
インターネットの普及してない当時は、衝撃やったんやろな。
自分がライブを観てる、その数百キロ先に、
毎日、爆弾に怯える人たちがいる。
戦争が、そんな自分の近くにある、という恐怖。
けど、サラエボの少女の発言に、
U2も、観客も凍りつく。
よりサラエボの人たちの置かれてる現実を認識する。
あの一瞬は、ほんまにワシも凍りつきそうだった。
災害ボランティアで「いいことしてる」と自分に酔ってる奴が、
本当に被災者の立場立って、被災者の役に立つことをしてるかどうか、
という話に結びつく気がした。
戦争が終結して、いざU2が実際にサラエボに行って、
ライブをするときの興奮!
本当に戦争が終わったことを実感する瞬間だったのだろう。
それはスクリーン通しても、ガンガン伝わってきて、
正直、ここ10年くらい、U2聴いてなかったんやけど、
涙が流れて仕方なかった。
音楽で戦争は止められなくても、
音楽は、人の心に火をつけたり、繋げたりすることはできるんやな。
けど、それは逆に音楽で、憎悪を煽ったり、
人の心を戦争に向けることも、
できてしまうということも、意味してるのではないだろうか。
音楽は、平和の道具にも、武器にもなる。
本当に音楽をどう使うか、というのは、怖い問題でもあるな、と思った。
それにしても、なんでエンディングが、
ボブ・マーリーのレデプションソングやったんやろ。
ワシも大好きな曲やし、
ボノがボブ・マーリーに心酔してるというのは聞いたことあるし、
心情的には繋がる気もするけど、
なんだか違和感あるなあ。
やっぱり最後もU2で終わってほしかった。

