権力と戦い続けたラジオ局。報道機関は決して、権力の走狗になってはならない。BBBムービー「プラハの春 不屈のラジオ報道」。

公式サイト
ジャーナリズムの何たるかを、もう一度、考え直す機会になる映画だった。
国家権力をも監視する役割を担う存在、
だからこそ「報道」の名を語りつつ、
国家権力の御用報道をするような似非報道機関は、
絶対に許せないのだと確信した。

1968年、当時のチェコスロバキアの首都、プラハに訪れた、数ヶ月の春。
本当の春が来る1989年まで20年以上かかったけど、
この「プラハの春」は、その1989年に確実に繋がっているし、
1979年の「ソウルの春」や、2010年の「アラブの春」にも、
影響を与えているそうだ。

こういう状況で「折れない」ことの勇気、
本当にすごいことやと思う。
折れて、体制に従う方が、楽やし、身の安全も保証されるのだろう。
だけど、折れずに戦う。
そのエネルギーの根っこにある、
自由を求める心に、拍手を惜しまない。

国家権力というものは、
社会主義であろうと、資本主義であろうと、イデオロギー関係なく、
いざとなったら武力で民衆を弾圧するってことでは同じやなあ。
民衆より、国体の維持を優先する。
己が殺してまで弾圧しようとしてる、その人々こそ、
己が守ろうとしてる民衆ではないのか。
国家や権力に対する矛盾を感じずにはいられなかった。

ましてや、この事件では、最終的には他国の国家権力・軍部が、
民衆を弾圧してしまうんやもんなあ。
たまらんよああ。

映画として、それほどよくできてるとは思わなかったけど、
ワシが細かくは知らなかった、重くのしかかる史実、
それにもめげずに戦った人たちのことを、
知ることができて、本当に貴重な機会だった。
観てる間は、ずっとドキドキしっぱなしではありました。

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