こんな重い十字架を背負う人、他にいるのだろうか。BBBムービー「それでも私は」。
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麻原彰晃として知られる松本智津夫さんの三女、
松本麗華さんのドキュメンタリー。
ひとことで言うと、賢くて、強い人やと思った。

自分と向き合い、父という存在と向き合い、
父のしてしまったことと向き合う。
それは同時に、世間と向き合うことにもなるんやろな、
ということまでは想像できたが、
国とも向き合うことだったとは。
父が松本智津夫というだけで、学校にも行けない。
渡航が許されない国まである。
巻き込まれたとはいえ、彼女自身の犯したことではないのに。
そんな大きく、厳し過ぎる現実と、向き合うのは、
想像できないくらい、精神力のいることなのだろう。
ときどき、心が弱くなるのも、仕方ないだろう。
けど、ほんまに、国も、世間もなあ。
匿名で「あなたは幸せになってはいけない」って、
どんな権利があって、そんなこと、人に言えるのだろう。
別の事件ではあるが、殺人事件の被害者遺族と語り合うシーンが、
頭にこびりついている。
被害者と加害者、それぜれ残された家族が、
同じように世間との距離感を感じてる。
いかに世間ってのが、無責任に面白がって、
人の人生に、踏み込んでるか、ということなのだろうか。
そういう人は、自分が傷つかない匿名の崖の上から、
大抵は、支援する言葉ではなく、傷つける言葉を投げ落とす。
それは、加害者家族でも、被害者家族でも同じなのかもしれない。
本当に、SNSって、こういう標的になってしまう人には、
凶器でしかない気がする。
彼女はストイックなトレーニングにのめり込んでいく。
それって、外野の声を聞かないで済むからなのかもしれないな。
父のやってしまったことと向き合い、
それを客観的に捉えようとする気持ちと、
それでも実の父として、慕う気持ち。
多かれ少なかれ、犯罪当事者の家族には、
同じ気持ちが付きまとうのかもしれない。
だけど、きっと向き合わないことには、
その向こうにも行けないのだろう。
ましてや、あれほど世間を騒がせた大事件。
彼女の背負う十字架の重さは、ワシには計り知れない。
けど、彼女が、そんな想像もつかない十字架を、
背負ってることだけは、忘れないようにしよう。
そういう意味では、和歌山カレー事件の息子さんのドキュメンタリー映画、
「マミー」をちょっと思い出した。
これからも、いろいろ障壁があるだろうけど、
この人生だからこそ、できることで、
幸せになってほしい、そう思った。
少しホッとしたのは、父のこと、関係なしに、
彼女自身を見つめて、友だちとして、親しくしてはる家族と、
その子どもさんとの、やり取り。
屈託なく彼女と遊ぶ子どもさん。
ほんまに子どもって、天才やな!
ちょっと気になったのは、ときどきドキュメンタリーで見かけるんやけど、
制作者のスタンス。
自分が誰だか、名乗らないまま、ナレーションで、
「私」として出てきて、顔出しまでする。
何者なのか、はっきりさせるのが、礼儀なんやないかなあ。
有名な方なんかもしれんけど、ワシは存じ上げないし、
他にも知らない人は、いると思う。
事実を形にして見せていくのがドキュメンタリーだと思うんやけど、
出てきつつ、自分という事実を出さないってのは、
どういうことなんだろう。
名乗らないのであれば、ナレーションも一人称は使わず、
顔出しも、しないで欲しい。
最後まで、それが、ムズムズした。

