京三昧25’秋③「没後50年 堂本印象 自在なる創造」「2025年度 第3回コレクション展」@京都国立近代美術館。
京都岡崎には、美術館やら文化施設が集まってて、
まとめて観るには便利ええのだが、時間が足りなくて困る。
先日、時間切れで回れなかった、
京都国立近代美術館で開催中の「没後50年 堂本印象 自在なる創造」に、
改めて行ってきた。

昔は、綺麗やなあ、と思いつつ、
あまり興味のわかない画家ではあったんだけど、
4年前に、衣笠の「堂本印象美術館」に行って、
ちょっと驚いたので、改めて観てみたかったのだった。
ほんまに、なんでも描ける人なんやなあ。
日本画は、掛け軸、屏風絵、水墨画、
狩野派みたいなんや、雪舟みたいなん、
西洋画が混じってる感じのもん、
西洋画も、印象派、キュビズム的なんから、
モンドリアンやクレーみたいな構成主義、や抽象画まで。
ほんまに、多作で多彩。
ワシ、普段は、抽象画より、具象画の方が好きなんやけど、
堂本印象さんは、前に感じたのと同様、
具象画より抽象画が好きなんやなあ、と実感した。
抽象画は、西洋も東洋も飲み込んでる気がする。
その上で、他の堂本作品には、あまり感じられない、
精神性や、自分自身を見つめる視点を感じたりもするのだ。
堂本さんは、ある意味、その精神性のなさを
逆手にとってるのかもしれない。
「自分はこうであらねばならない」という形へのこだわりがないからこそ、
類稀な技巧で、目新しいものに、どんどん挑戦していく。
けど、その当時は目新しく、最新の美術表現であったんかもしれんが、
時間を経て、2025年に観ると、やや古臭く思えるものも中にはあった。
新しいものは、いつか古くなるものでもある。
それをわかってて、既に画家としての名声を得ているのに、
敢えてやる堂本さんは、勇気のある方なんやろなあ、とは思う。
最後に辿り着いた抽象画が、
それまでの堂本印象さんのすべてを飲み込んで、
精神性まで獲得してるように思えたのは、
ワシの勝手な感想ではあるが、
堂本印象さんにとっても、
すごく幸せなことだったような気がした。
この展覧会、すごく良かったのは、
タイトルなどを書いた説明欄に、
制作年と制作時の堂本さんの年齢を書いてあったこと。
これほんま役に立つわあ。
ワシ、いつも「これ何歳の時の作品やろう」思って、
最初に生年を確認して、引き算しながら観てるので、
ほんまに助かった。
どんな展覧会でも、こうしてほしいわあ。
ここの美術館は、企画展とコレクション展、同時開催してて、
両方を観るチケットしかないので、
貧乏性のワシは「2025年度 第3回コレクション展」も、観て回った。
企画展に関連する作品含め、いくつかのテーマで、
京都国立近代美術館の収蔵品を展示している。
「六代清水六兵衞の陶芸」を観て、
この前に行ってたセーヴルの展覧会と比べてm
「ああ!ワシ、やっぱりこういう方が好き!」と、思った。
あと、大好きな画家、松本竣介さんの「Y市の橋」が観られたのも嬉しかった。

これ、連作で同じタイトルのがいくつもあるのだけど、
これは観たことのないバージョンだった。

