ギリヤーク尼ケ崎さんのドキュメンタリー番組のDVDを
知り合いから頂いたので、観てみた。

ギリヤークさんは50年近く路上で大道芸人として踊り、
投げ銭で生きてきた舞踏家。
初めて観たのは、もう30年くらい前かなあ。
決してうまいとは思えないが、
その圧倒的なエネルギーに打ちのめされ、
追いかけては観ていた。
当時はもちろんネットもなかったので、
ぷがじゃやぴあで、公演情報を探してたんだろう。
しかし、いつの間にか、追いかけなくなり、
ご健在であることも、知らなかった。

この番組は2016年にギリヤークさんが新宿公演をされる
前後の弟さんとの生活を中心に描かれている。
当時、ギリヤークさんは、原因は分からないが、
手が震え、腰が伸ばせない病状に苦しんでいた。
後に病気はパーキンソン病と脊柱管狭窄症の併発と判明。
それでなくても椎間板ヘルニアを患い、
心臓にはペースメーカー。
普段は車椅子で生活し、食事も弟さんがいなければままならない。
舞踏家としても、致命的とも思える病状を抱え、
それでも新宿公演を開催すると言い続けるギリヤークさんと
一般人である弟さんの間には、
凄まじい言い争いや、葛藤があった。
「なんの目的でやるのか?」
「そういうことではない!」
まさに、言葉で説明できないから、踊るしかないのだろう。
そういうギリヤークさんを弟さんの前は、
今は亡き、お母さんが支えておられた。

そして、ギリヤークさんの踊る魂は、病気を抱えたまま、
新宿公演を成功させる。
ワシは、その公演を観ていないが、観客の中には、
嗚咽する方、魂を抜かれたように、拍手し続ける方もいた。
その気持は、よくわかる気がする。

一枚目の写真は、その公演の数日後、
すっかり付き物が落ちたような穏やかなお顔で、
撮影クルーに話すギリヤークさん。
そして、弟さんに感謝の言葉を尽くすギリヤークさん。
そして撮影クルーは「何のために」とかつて
弟さんが兄に投げたのと同じ言葉をギリヤークさんに聞く。
うまく答えられない兄に代わり、弟さんが、
答えたのが、三枚目の写真。

これは、お互いを理解して行く家族の物語だったのだな。
お互いを補い合い、理解し合ってゆく、
その過程を、つぶさに記録した美しい物語だった。

ギリヤークさんは、2017年も故郷である函館と札幌で
公演を成功させ、
きっと今は、舞踏生活50周年になる2018年の公演に向けて、
準備中だと思う。
今年は、もう一度、あの有無を言わさないエネルギーを
受け止めに行けたら、と思う。

少し、残念なのは、ときどき、ギリヤークさんが、
しばやんに見えてしまうことだ。

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