「知ってる」より「思った」。
「知ってる」ことを人は誇りたがる。
誰誰より早く「知ってた」。
プライドとか優越感とかが満たされるのか。
「知ってる」主体は、いつかなくなる。
主体がいなくなったとき「知ってた」ことは意味を無くす。
けど「思った」は無くならない。
何を知ってるより、何を感じたかを大事にしよう。
以上、自分への自戒の言葉として。
仕事であろうと、何であろうと、
何かを産み出す、という喜びに繋がる苦しみに
挑み続けていく人生にしていきたい。
12年前に書いた話やけど、
SNS全盛の現在、こういうのん、
より激しくなっている気がする。
と言うより、浸透してきてるって感じなのか。
無意識のマウンティング道具なんかもしれんなあ。
自分もやってしまわんように気をつけよう。
聞かされる人には「そ〜ですか」としか言いようがないくらい、
意味ない話やしなあ。
(20241029記)

