苔寺から地蔵院(竹の寺)へ。

苔寺から地蔵院へは、それほど距離はない。
ただバス停のところからの階段がけっこうきつい。
運動不足やなあ。
途中の民家の庭にも苔が美しく生えそろっていた。
苔寺の職員さんの「この地域は苔に最適の環境」という言葉を思い出す。
地蔵院は「竹の寺」とも呼ばれている。
近づくに連れて、竹林が目立ってくる。
竹林の近くに立ち並ぶ3階建ての建売住宅。
なんとなく、ヨーロッパとかにありそうやなあ、
と思って写真撮ったが、今見るとそうでもない。

地蔵院は、細川家ゆかりの寺。
ということは、細川家が東軍の主役だった応仁の乱で、
当然焼けているらしい。
今はこじんまりとした可愛らしいお寺だが、
往時は、凄かったのだろうなあ。

参道は、竹の寺と言われるだけあって、美しい竹林が続いてる。
そうだ、ここも嵯峨野だった。

今も残るお堂には、十六羅漢の庭という枯山水の庭が残っている。
そこを観た時、思ったのは、「え?これ枯山水なの?」ということだった。
枯山水と言われて想像する、岩と石と砂で覆われた庭ではなく、
木も繁り、お土地柄、一面が苔に覆われている。
しかし、池を配した回遊式庭園ではなく、
ひとつひとつの岩に禅的な意味が込められているらしく、
紛れもなく、枯山水庭園だそう。

この寺を建てた細川頼之公は、細川護煕元首相のご先祖様。
護煕さんは、この頼之公を先祖の中でもことさら尊敬されてるそうで、
お堂の襖に「瀟湘八景」という絵を描かれている。
これが、さすがに南北朝時代から続く武家の名家の血筋、
絵も教養のひとつなのか、とても専門画家ではない、とは思えない出来だった。

特徴的なハート型に見える窓は、猪目文様で、猪目窓と呼ばれている。
このお堂では、お寺の職員なのか、女性が、いろいろ説明してくれたが、
この寺を愛していらっしゃる様子が、ほのぼのと伝わる楽しい説明だった。
質問すれば、次から次に、話が出てくるんで、いつまでもいろいろ話したい気分になる。
が、まだ廻りたいところがある。
そろそろお暇しよう。
庭の隅にあるさるすべり、もちろんこの時期なので、咲いてはないが、
美しい枝振りだったのが、印象に残る。

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