「Alone Again」カバー特集。

ギルバート・オサリバンの超有名曲、ワシも好きな「Alone Again」の
おもろいカバーを友だちに教えてもらったので、
Alone Againカバー特集を。

まずは、原曲とその歌詞の和訳を。
名曲やなあ。
ちょっと長くて暗いんですが、
後でカバーと比べるために全部載せておきます。

今からしばらくたっても
このモヤモヤが消えなかったら
こうしてやろうって誓いを立てた
近くのビルまで行って
屋上まで駆け上がり
身を投げてやるってね
みんなにはっきり分からせるんだ
心を傷つけられるのがどんな気持ちかって
教会に置いてきぼりにされて
こんな声が飛び交う「あらまあ、大変だわ」
「彼女に捨てられたんだな」
「私たちがここに居続ける意味もない」
「帰ることにしよう」
自分でそうしたかのように
また一人ぼっちになった。当たり前のように

たった昨日を思い返してみても
僕は元気で明るくて陽気だった
安心しきっていた
僕の役割が奪い取られるなんて思わなかったから
でもまるで叩きのめされるかのように
現実が襲ってきて
ほとんど触れることもなく
僕をズタズタに切り付ける
僕は置き去りにされた疑念の中で
神の慈悲について訴えた
“ああ、神様が本当にいるなら
どうして一番必要なときに
僕を見捨てたのだ?”と
僕は本当に本当に
一人ぼっちになった。当たり前のように

世界中には僕よりもっと傷ついてる人たちがいる 
彼らは傷を癒されることもなく
たった一人で放置されたまま
僕らはどうしたらいい?
どうしたらいいんだ

また一人ぼっちになってしまった。当たり前のように

ひとり過去に向き合うなかで
たくさんの記憶が呼び起こされる
今でも思い出すのは、父さんが死んだ時のこと
僕は涙を隠そうともしなかった

母さんがその後
65歳で天に登るまで

ずっと不思議でしょうがなかったよ
なぜ神様が母さんの最愛の夫を奪ってまで
孤独な生活を始めさせたのかって
母さんをどれだけ苦めるんだろうって
僕の励ましにもかかわらず
母さんの口数は減っていった
そして彼女が死んだ日
僕は一日中ずっとずっと泣き続けた
また一人ぼっちだね。当たり前のように
また一人ぼっちだ。当たり前のように

原曲、こんな詞やったんや!
けっこう暗いなあ。

で、ワシが思わず吹き出してしまったのは、九重佑三子さんのバージョン。
作詞は、なかにし礼先生。
最初の設定は、原曲と通じるものがあるけど、
なんだか、おい!どこ行くねん!な感じに。

この人、最初振られた以外は、みんな自分で一人になってるんすよね。
それで、「アローン・アゲイン」てため息つくみたいに言われてもなあ。
「アゲイン」を表現するために、こんなに何回も振ったんやろうか。
なかにし礼先生、奔放な女の中に潜む哀しみに変えちゃいました。

草刈正雄さんも歌ってはります。

こっちは、原曲に近いかな。
原曲が、かなり具体的で個人的な話をしてるのに対して、
こっちは「僕」で始まる個人から出発してるけど、
けっこう普遍的な話に寄せようとしてる気もする。
まあ、ワシは、こっちの方がホッとします。

リンダは、ほぼ「Alone Again」という題名と
「振られた」という事実だけ残して、
一から創作されているようです。

けど、歌詞もアレンジも、ちょっとねとつく感じの
リンダの歌い方もワシ的には、嫌いやないですわ。

存じ上げない方ですが、めっちゃ直訳のんありました。

やっぱりかなり暗いなあ。
ワシ、歌詞とか全然気にせず、
ただ「きれいな歌やなあ」と思ってたわ。

パンクバージョンはケラさんの有頂天。
歌詞は、よう分からんけど、かっこええですわ。

ワシが一番好きなのはラブ・ジョイのbikkeさんが訳して、
ふちがみとふなとさんや良元優作さんも歌ってるバージョンなんですが、
動画、見つかりませんでした。
お聴かせしたかった!残念。
「絶望の友、それは希望なのさ」ってとこが、大好きですわ。
どこかで見つけたら、教えて下さい!

まあ、やっぱりいろんな人にカバーされるのは、
名曲の証拠っていうことなんですよね。

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