完璧な時間使いの京都①映画「ザ・パブリック・イメージ・イズ・ロットン」。

今日は、なんか無駄な時間がほとんどなく、京都を回れて、
それぞれめっちゃ充実してた。
予定は、大きく3つ。
それぞれに分けて投稿します。
まずは、ジョニー・ロットンのドキュメンタリー映画、
ザ・パブリック・イメージ・イズ・ロットン」。

セックス・ピストルズ時代から、今に至るまで、
ピストルズ解散後、ジョニー・ロットンが結成した
「パブリック・イメージ・リミテッド(PIL)」の顛末を中心に語る映画。
ほんまに今年は優れた音楽映画が多いなあ。
これも、あの時代、多少なりともパンクに影響受けた人間には、
マストの映画やと思う。

ポスターの「ジョン・ライドン≒ジョニー・ロットン」とある。
本名がジョン・ライドンなので、人間としてのジョン・ライドンと
ロックミュージシャンとしてのジョニー・ロットンという意味だと思ってた。
確かにその意味もあるんだろうけど、
ピストルズ解散後、悪名高きピストルズのマネージャー、
マルコム・マクラレンの差し金で、
一時、「ジョニー・ロットン」といおう名前が使えなくなってたらしい。
ワシも、ジョニー・ロットンとジョン・ライドンの使い分けが
よ〜わからんかったので、映画観て、なるほど!思った。

ピストルズ解散の大きな一因も、このマルコムにあったんやろな。
とにかく商売人で、ジョニー・ロットンを自分のブティック「SEX」の
広告塔にすることが、ピストルズのマネージャーとしての主眼やったんやろう。

そういうことに耐えきれずに、飛び出したジョニー・ロットンが作ったのが、
「パブリック・イメージ・リミテッド(PIL)」だ。
マネージャーに食い物にされる「バンド」ではなく、
自分たち自身が会社組織であろうとして、この名前になったらしい。

そうは言っても、音楽しか出来ない悪ガキども。
とにかく、喧嘩やら、薬やら、何やらで、目まぐるしくメンバーが変わる。
けど、凄いのは、その激しいメンバーチェンジの中でも、
常に新しい音楽を産み出し続け、その音楽が今聴いてもちっとも古びてないことだ。

ほんで、この映画のおもろいのは、
たいてい最後は喧嘩別れになった元メンバーたちも、
普通に登場し、ジョニー・ロットンについて語ることだ。
まあ、ギャラに目がくらんだのかもしれんけど、
おちゃめなジョニー・ロットンを、みんなどこかで愛してるように思えた。
メンバー以外にも、ソニック・ユースやレッチリなど、
その後のロックを代表するミュージシャンが、
PILのライブに通い詰めた話や、加入しかけた話も飛び出し、
PILというかジョニー・ロットンの影響力の凄さを側面から物語っている。

ひとつ、なかなか飲み込めなかったのは、ジョニー・ロットンは、
PIL解散後、しばらく姿を消していて、
2000年代になんとバラエティ番組にコメディアンみたいな感じで登場するのだ。
それも出川哲朗のようないじられキャラとして。
その時は往年のスリムで尖った印象は影を潜め、
でっぷりとした今の印象に変わっていた。

もちろん、この映画のインタビューにも、
そのでっぷりとした感じで出てくるのだが、
それが、どうしてもピストルズ〜〜PIL時代のジョニー・ロットンと
同一人物に思えないのだ。
まあ、ワシが言うな、という話なのだが。

唯一、眼を見開いて、白目が完全に黒目の周りを取り囲むような目つきになると、
「ああ、ジョニー・ロットンや!」と思うのだった。

ふと思ったのは、ジョニーが、太っても平気で人前に出て来たり、
コメディアンばりのアホな企画もやったりするのは、
シド・ヴィシャスの影響かもしれんな、ということだ。
ロックミュージシャンとしては、夭折するのが、
間違いなく一番かっこいい。
けど、それを一番近いバンドメンバーにやられてしまった。
同じことやるのは、かっこ悪い。
ジョニー・ロットンは、やることはめちゃくちゃなとこもあるけど、
基本的には、非常に頭の切れる、知恵のある人だと思う。

狙ったのか、結果的にそうなったのかはわからないが、
映画を観る限り、かっこ悪くても、みっともなくても、
そのままの自分をさらけ出すジョニー・ロットンは、
すげえカッコよかった。
かっこ悪いのが、かっこいいなんて、
こいつ以外に誰ができるだろう。
やっぱり、ジョニー・ロットンは唯一無二のかっこいいミュージシャンなのだ。

知らない人のために、代表的な音源をひとつ。

ピストルズ、PILそれぞれ代表的なアルバムも紹介しておきます。

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