「在日外国人の問題は対岸の火事」という宮本輝氏の発言に失望。
大好きな作家からこういう発言が出たことが悲しくてならない。
最初見た時は、驚いて、目を疑った。
宮本輝を読んで来た30数年を全否定された気がする。
※リンク元がなくなっているので、
上記の「こういう発言」を引用します。
「これは、当事者たちには深刻なアイデンティティーと向き合うテーマかもしれないが、日本人の読み手にとっては対岸の火事であって、同調しにくい。なるほど、そういう問題も起こるのであろうという程度で、他人事を延々と読まされて退屈だった」(「文藝春秋」2017年9月号より)
(20240818記)
人間の弱さ、悲しさなど、極めて個人的なことを素材に、
普遍に至るのが、宮本さんの文学ではなかったのか。
ワシだって「泥の河」で育ったことないけど、
あの小説に涙流した。
自分の生き方を投影した。
対岸の火事などではなかった。
自分の範疇にないことを「対岸の火事」としてしまったら、
文学なんて成立しないのではないか。

コメント欄での、やり取りが、
興味深かったです。
もっと詳しく知りたくなったので、検索してみると、
こんな文章を見つけました。
その通りだと思います。
「対岸」に渡るために:温又柔『真ん中の子どもたち』に対する宮本輝評の問題点
当時、作者の温又柔(おん・ゆうじゅう)氏が、
Twitter(現X)に、この発言への怒りを表明して
(まあ、当然やろな)、けっこう議論が交わされたらしく、
それをまとめたものが、ニュースになってました。
「これはもう差別発言」 宮本輝氏「芥川選評」が大物議
(20240818記)

