相模原障碍者大虐殺追悼アクション2024。

先週金曜日は、7月26日、あの日から8年目の日だった。
コロナになってからは行けてなかったのだけど、
数年ぶりに梅田のヨドバシカメラ前で開催された、
相模原障碍者大虐殺追悼アクションに参加してきた。

ちょっと遅れていくと、ちょうど金滿里さんがスピーチされていた。
金さんの力強く、揺るがない姿勢は、ほんと聞いててスッキリする。
ワシなんて、いつも、揺るぎまくりなので、
こういうお話を聞かせていただくことは、
何より自分の生き方や姿勢が、
自分の望む方向、目指してた方向とずれてないかを、
考えるいい機会になって、助かる。

今年は、献花もさせて頂いた。
なんでこうなったか、わからないまま、
向こうに旅立たれた人々が、
少しでも安らかにお眠りいただけますように。

それから2時間くらい、脳性麻痺や、ろうあ者、介護をされてる方、、、
いろいろな方のお話を聞かせて頂いた。

7月3日に判決が出たこともあって、
優生保護法に関するお話も多かった。
この天下の悪法が、いろいろな差別の温床になってることが、
はっきりと感じられた。
この法律の対象になってなくても、
何か障がいのある方は、みな一括りにして下に見てもいい、
というお墨付きをこの法律が与えてる気がした。
それは、ワシの心のどこかにも潜んでいて、
常にワシが対峙していかなければならない、
黒い烙印なのだ。
その烙印に、この法律が大きな役割を果たしてしまってると考えると、
ワシもこの法律の被害を被ったものであり、
この法律を憎む立場にあるのだと思えた。

驚くのは、この法律が日本国憲法の後に、
議員立法で全員賛成で成立した、ということだ。
明らかに憲法違反やと思うのに。
障がいのある人は「すべての国民」ではないのか?
んなアホな!
そしてこの法律が、平成8年まで残っていたということだ。
ついこないだやないか!
ワシらは、そんな人権意識の低い国で生まれ育っていたのか。

あと意外やけど、なるほど、とも思ったのは、
「自分たちは殺す側の人間」という意識を、
介助など、障がい者に近い現場で働いてるほど、
強く感じているということだ。
彼らは日常的に、ワシも対峙しなければ、
と思ってる黒い感情と向き合っていらっしゃるのだな。

法律はなくなった。
判決も出た。
総理も謝った。

これからは、ものすごく難しい、
「内なる優生思想」との戦いだ。
一人一人が向き合って、
それを無くさなければいけない、
恥ずべき感情、と、言い聞かせ、
体から、心から、追い出していくことなのだろう。

そして、元々そういう気持ちのない、
これからの子ども達に、その黒い感情を、
植え付けないことなのだろう。

スピーチのあとは、行進があった。

のぼりは、多分19本。
一本一本に、あの事件でなくなった、
まだ名前も公表されてない方達の、
生きてきた時間が証が、記されていた。
そうなのだ。
その方たちも、ワシと同じように、
好きな音楽に心躍らせた人たちなのだ。
あの人たちが殺されなければならないのなら、
ワシも同じことなのだ。
その人達は、確かにこの世に存在したのだ。
そう思うと、行進してる間に、涙が流れそうになった。

行進の前、金滿里さんにご挨拶できて、
「このあと、ダイインがあるので、一緒にどう?」とお誘いいただいた。
嬉しかったのだが、
この日は、ものすごい暑さの中、朝から歩き回ってて、
このアクションで2時間以上、立ちっぱなしで、
かなりフラフラになってたので、
家に帰るバス停の近くを通ったタイミングで、
離脱させて、頂いた。

やはり貴重な経験をした、という気持ちにはなれた。
来年も、できるだけ、参加したいと思う。
いつか、このアクションをしなくていい時代が来るまで。

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