福岡わしたショップ、閉店。

福岡わしたショップ5月8日で閉店 セールが始まる

福岡に住んでた頃、足繁く通った。
家で飲む用のサンピン茶、島ラッキョウなどの生鮮品、もちろん泡盛、
当時白百合は、福岡でここにしか置いてなかったと思う。

中でも、よく行ったのは、CDコーナー、
まだAmazonもそれほど普及してなかったのかな?
タワーレコードやHMVにも置いてない沖縄県産インディーズを
買える店は、ここしか知らなかった。

そこで、いつもニコニコ笑ってる店員さんに出会った。
CDを選んで、レジに行くと、
「いつもCD買って頂いて、ありがとうございます。
沖縄系の音楽、お好きなんですね?」みたいなことを話しかけられ、
それ以来、彼のアドバイスも聞きながら、県産音楽を探すようになり、
わしたショップのCDコーナーに行くのがより楽しみになった。
確か、彼も民謡系のバンドをやってると言ってた。
「てぃだわらばー(太陽の子供たち)」って言ってたかな?
「今度ライブ来てくださいよ~」と言われ、
電話番号も交換した。

しかし、ワシはその後、大阪に戻り、
連絡もしないまま、福岡の記憶が遠のくにつれ、
彼のことも忘れてしまっていた。

数年前、やはり福岡で、ワシの大好きなサマフェス、
夏の終わりを告げる9月頭のサンセットライブに行ったときのこと。
平井正也さんのライブがメッチャ気持よくて、ビール飲みながら、
テンションあがりまくってたとき。
平井さんもそうだったんだろう、観客に「誰かドラム叩いてよ!」とあおった。
それに応えて出てきた青年が、叩くと、むっちゃうまい!
とても素人とは思えない。
平井さんもビックリしている。
しかも顔を見るとどこか見覚えがある気がする。

思い出せないまま、飛び入りコーナーは終わったが、
そのあと、飛び入りした青年が、ワシに話しかけてきた。
「10年近く前、よく福岡のわしたショップに来てた橋本さんですか?」!!

そう、彼は、あのときのわしたショップの店員さんだったのだ。
聞けば、その後、彼も沖縄に帰り、
また違うバンドを組んで、今日、そのバンドで、
サンセットに出ると言う。
もちろん、聴きに行った。
バンド名は「八重山モンキー」。
知ってるバンドだった!
けど、彼がやってるとは、もちろん知らなかった。
彼とは、樋口佳人くん。

それからは、沖縄と音楽のことについて語り合ったり、
ワシが自主制作した沖縄音楽のCDを渡して、感想を頂いたり、
大阪や京都にライブに来たら、お邪魔したりしている。
石垣島に移住すると聞いたので、
ワシの地元及び業界の大先輩で石垣島に移住して、
ライブハウス「Bb」をやってる金岡さんを紹介したら、
今では佳人くんが、そこでライブをやったりしてるらしい。
ワシらが知り合って、再会できたことによって
生まれた縁が広がってて、なんだかおもろい。
きっとワシらが元気で生きてさえいれば、もっともっと広がるんだろな。

その福岡わしたショップが、5月8日で閉まるらしい。
たしかに当時に比べると、沖縄県産品はいろんなところで
見かけるようになったし、
CDもネットがあれば、出かけて探すこともなくなった。
この寂しさは、ワシ個人の感傷に過ぎないんやろな。

お勤め、ご苦労様でした。

※この文章をFacebookに載せたときのリアクション、
文中に登場するヨシトくんや金岡さんも書き込んでくれて、
すごく面白かったので、リンクします。
よかったら、読んでください。

この物語の続編。

今年の一月、ワシはようやく石垣島の山内ツル子を訪ねた。
と言うか、訪ねようとしていた。
夕方5時半過ぎ、開店してるはずの時間のだ。
石垣島では一月でも、5時半はまだ夕方だ。
グーグルマップさんの教えてくれる住所に来てるはずなのに、見当たらない。

もう諦めようか、としていたとき「橋本さーん!」と呼ぶ声。
ヨシトくんが自転車でやって来た。
「今日は晩、民謡酒場で友だちのサポートするんで、今から店でリハなんですが、
良かったら飲みながらリハ聴いてください」と言ってくれた。
店は、ワシのいたところの真ん前だった。
看板が出てなくて、真ん前をうろうろしてたのであった。

店を開けて、ビールを飲ませて頂いてると、今どきの若者が入って来た。
今日の主役のようだ。
三線を持ち出して歌い始めると、年には似合わない、
深く広く、素晴らしい八重山民謡が始まった。
当然、その晩は島育ちという民謡酒場に、彼とヨシトくんの演奏を聴きに行った。

これが石垣信一郎くんとの出会い。
その時はあまり喋れなかったけど、Facebookで繋がったので、
ちょこちょこやりとりをしていた。
彼は当時、静岡清水の船の学校に行ってて、
そのときはたまたま正月休みに石垣島に戻ってたらしい。

そのうち3月には学校を卒業して、石垣島に帰るんだけど、
大阪経由で帰るので、できれば大阪でライブをしてみたい、という話になった。
こんなときお手伝いしないで、どーする!
馴染みの大阪の沖縄料理屋、北堀江のポーポー屋さんに相談して、
フライヤー作ったり、メニューの相談乗ったり、
お客さん集めたり、ほんと楽しい日々だった。

当日のライブ、お客さんは知り合いが多かったんだけど、
その人たちに、石垣信一郎くんを知ってもらえるだけで嬉しかった。
ワシもこんなにたっぷり聴けたのは初めてだったので、めちゃめちゃ楽しかった。
そして、改めて、石垣信一郎という、ウタサーを尊敬した。

信一郎くんは、次の朝一番の便で石垣島に戻り、
その日の晩は、ヨシトくんと金岡さんのライブバーBbでライブしたそうだ。
大きな輪が、一周したような気分だ。
いや、もうすでに何周もしながら、大きくなり続けているのかもしれない。

信一郎くんは、四月からは念願の船乗りになって、
那覇を起点にあちこちの海に行く。
また大阪でライブできる日を楽しみにしている。
(20170405記)

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