映画「愛について語るときにイケダの語ること」。

なんだか、なんと言ってええか、分からんような映画を観てしまった。
四肢軟骨無形成症で身長100センチの青年が末期癌に冒されて、
亡くなるまでのセルフディレクション、ドキュメンタリー映画
愛について語るときにイケダの語ること」。

しかも、映像は、この青年の自分で撮ったセックスのシーンを中心に展開される。
エロい用語で言うところの、ハメ撮りですわ。
なかなかハンサムで、会話から知性も感じる青年だが、
死を見つめながら、何を残したいと思ったのだろう。

途中、フィクションも挟もうとして、女優さんと疑似恋愛も始めるのだが。。

なんか印象的だったのは「好き」は分かるし、言えるけど、
「愛してる」は分からない、という言葉。
ワシも、なんとなく、それは感じるところなんかもしれん。
彼には、その上に自身の障害というパーツものしかかる。
彼の知性が、自分を誤魔化して「愛してる」と言ってしまうのを妨げている気がした。

重いもんしか見当たらないようなスペックだが、
意外にも、観た後は、なんとなく爽快な気分になっていた。
その要因が何なのか、まだはっきりとは言葉に出来ないけど、
彼の覚悟、死を見つめる姿勢、がはっきりしてて、
そこで、動画の題材として選んだものが、セックスと愛というものだった、
という潔さが、根っこにはあるんじゃないか、と思っている。

そして、ワシは、このイケダという青年が大好きになってしまった。
一度、お会いして、お話してみたかったと思ってしまった。

このブログに釜晴れの早苗ちゃんがコメントしてくれて、
それが、すごく考えさせられるいいコメントでした。
(20230727記)

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