「歴史から学ぶことは何もない」と言い切る歴史学者。映画「教育と愛国」怒涛のレポート①

ここんとこ、映画観たり、展覧会行ったりしたけど、
レポート書くのサボっておりました。
あんまり溜まると、次行くのが億劫になっちゃうんで、まとめて書きましょう。
日記もしくは、覚書みたいなもんなので、興味なければ読み飛ばしてくださいね。

まずは、今現在、日本の教科書問題がどうなってるのかのドキュメンタリー映画「教育と愛国」。

凄まじかった。
子どもがいないので、塾講師のバイトとかしてた大学卒業してから、
小学校〜高校の教科書なんて、ほぼ触れることはなかったけど、
今は、こんなことになってるのか。。

焦点は、やはり道徳と日本史。
道徳は、国に従順な人間を育てることを目的としてるとしか思えない。
そして、それを「愛国」と呼ぶ。
日本史の中でも、慰安婦問題や虐殺に関することに、さらに焦点が当てられる。
言わずもがな、第二次安倍内閣以降の政府の教育への
積極的な介入が、その傾向に拍車をかける。

その傾向に反対する人の意見も、推進しようとする人の意見も
きちんと取り上げている。

推進しようとする人の意見は、
不都合な事実や、見たくない歴史を、
いかになかったことにしようとしてるか、
という風にしか、ワシには思えなかった。

何も自虐しなくちゃ、と言ってるわけではない。
あったことをあったこととして認める。
人間として、当たり前のことをしなくちゃいけない、
と思うだけのことだ。

国家を一人の人格として見た時、
どういう人間を自分は信頼するのか、
と考えると早いかもしれない。

やったことを「不利になるから」と言う理由で、
やってないことにする人間と、
やってしまったことを自分で見つめて、
悪いと思ったら、二度とやらない、
そのためにどうするか、と考える人間と。
同じことをやらないために、どっちの人間に、
自分がなりたいか、ということと同じではないだろうか。

語り出すと、映画を細部まで語ることになるので、割愛するが、
象徴的なことをひとつ。
なかったことにしようとする側のお偉い歴史学者の先生が、
「歴史から何を学ぶんですか?」という質問に、
「学ぶことなんて、何もないですよ」と
当たり前のような顔をして答えてたのは、背筋が凍った。

「では、あなたは何のために歴史を志したのか」

本当にそう思ってるのか、
そこを突き詰めると、また見たくない真実を
見ざるを得なくなるから、
見ないようにしてるのか。

そんな方が歴史という国の背骨のような分野を代表している。
それが、今の日本という国なのかもしれない。

平日の昼間に行ったけど、結構混んでいた。
けど、多くは、ワシより年上の方々だった。

日本という国が、現在どの位置にいるのか、
知るために、是非、若い人にも観てほしい映画だった。

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