「サンタ・マリア」物語。

あれだけ、さとうきび畑ばかり見る島々である。
よく考えれば「ラムが作れないわけないなあ」と思うが、
沖縄で、うまいラムに会ったことがなかった。

酒に弱いのに、酒好き。
味のわかりやすい醸造酒がいいんだが、
すぐ潰れて、えらい目に会う。
できれば蒸留酒で、味わいのある酒があればいいなあ、
と常々、思ってた。
レゲエが好きだったこともあって、
マイヤーズが一番合う酒だと思ってた。
安いし。

何年か前、大東島に行った。
そこで、やることなくて、
ワールドベースボールクラシックを見て、
日本の優勝を見てたから、5〜6年前かな。

大東島のラムを飲みながら、大東寿司を食い、
「イチロー、すげえ」とか思ってたんだけど、
そのとき飲んだ、大東島のラムが、
どうも、とげとげしくて、「あんまりワシには合わないなあ〜」と
思っていた。
※すんません!ワシに合わないだけで、あかんラムではないと思います!

数年後、博多で「これ、沖縄のラムですよ」と言われて飲んだラム、
「やっぱりトゲトゲしいんだろうな」と思ったラムだったが、
ものすごくコクが。もの凄くまろやかさが。
物凄く、ワシの好きな味だった。
ワシに合うけど、何か安い気のする、マイヤーズと違って、
上品な味。

「Santa Maria」。
飲んだ瞬間、なんか「出会った!」と思える味だった。

「自称沖縄通」なのに、友だちから教わったことに軽い悔しさはあったが、
Facebookでそのラムの話をしたら、
「それ、俺の大学の後輩が作ってる」という高校の同級生。
楽天で入手して福岡の花見会に持って行ったら、
「それ、俺の会社の後輩が作ってる」っていう業界の大先輩。

詳しく聞くと、同一人物。

ワシは、こういう物語が好きだ。
アホみたいに生きてるけど、こういう背景や芋づるみたいなことを
感じる瞬間が、一番、「生きてる何か」を感じる。

早速、去年「共通の友人が二人もいるんだから」と
ずうずうしく、伊江島に行った。
名前言ってしまうと、松本さん。

松本さんは、びっくりするくらい温かい歓迎をしてくれた。
ネットで調べて「ここに泊まりたいんですが」とお願いした宿の
ご主人とも、いろんな話ができた。
また、ご主人の名前も出すと金城さん。

金城さんの宿で、松本さんと松本さんの息子さんと喋ってた時間は、
ワシの2012年、ベストタイムなような気がする。
息子さんは、ヒカル君。

去年小学校6年生だったから、今は中学校1年生だろう。
ワシは、ヒカル君とひとつ約束をした。

伊江島には高校がないので、ヒカル君も、中学を卒業すると伊江島を出て行くのだろう。
ワシは「ヒカル君が伊江島にいる間に、もう一度来るからね」と約束をした。

その約束を果たしに行こうと思う。

ヒカル君と、松本さんと、金城さんに会いに。

※Facebookに載せた文章ですが、これのコメント欄も、
けっこう思い出深いので、リンクしておきます。

そして、この文章をベースに、沖縄の出版社「ボーダーインク」の
「ほんとーく」というコーナーにエッセイを書かせて頂きました。
残念ながら、そのコーナーは今はなくなってしまって、リンクできないので、
文章を引用しておきます。(以下引用)

『一杯のラム、少年との約束』。

始まりは福岡のとあるバーで友だちに教えられた一杯のラム酒だった。
沖縄の伊江島で作られた「Santa Maria」。

「きっとトゲトゲしくて僕には合わないんだろうな」と思いながら飲んだのだが、
コクがあって、まろやかで、なおかつ上品で、大好きな味だった。
「自称沖縄通」なのに友だちから沖縄の酒を教えられたことに軽い悔しさはあったが、
Facebookにその話を書いた。
すると高校の同級生から「これ、大学の後輩の会社で作ってるラムやないか!」
というメッセージがあった。
そのときは、へ~と思ったくらいだったのだが、
あんまりうまかったので、楽天で入手して(奇跡的に1セットだけ売ってた。)
福岡で行われる花見にわざわざ大阪から持って行った。
すると、そこでも「これ俺の会社の元後輩が作ってる」という人が現れた。

詳しく聞くと、同一人物。
九州出身で、関西の大学に来て、福岡で就職して、
今は伊江島で働いている松本さんという方だった。
僕はこういう物語が好きだ。人の繋がりが好きだ。
こうやって今まで全然知らなかった人との縁を感じるとき、
一番「生きてる」と実感する。

一杯のラムから、伊江島に、松本さんに繋がる一本の線が見えた気がした。
フルネームを教えて頂き、図々しくもFacebook経由で連絡を取って、
去年の夏、伊江島を訪ねた。

松本さんは、ただ共通の友人が二人いるというだけの
初対面の大阪のおっさんに宿の手配をしてくれただけでなく、
港まで迎えに来てくれて、島中を案内してくれた。

本部からずっと眺めていて、いつかは行きたいと願っていたタッチューのあるあの島。
来られただけでも嬉しかったのに「Santa Maria」が縁でこの島に来たという経緯を
知ってらっしゃったので、「Santa Maria」の工場見学までさせて頂いた。
初めの一日で僕はただの観光客以上の人間になった気分だった。

そして宿に送って頂いたが「晩御飯の頃に、また迎えに来る」と言ってくださった。
なんだか至れり尽くせり過ぎて申し訳ない気もしたが、
地元の方しか行かないようなお店に連れて行ってもらえるのが嬉しかった。

夕方、松本さんは一人の少年を連れて来た。
息子のヒカル君。
伊江島の西小に通う小学校6年生(当時)の野球好きで元気な男の子だ。
はにかみ屋だが(この年頃の少年はみんなそうか)、礼儀正しく、
質問すれば、はきはきと答えてくれる。
共通の友人が二人どころではない松本さんとのいろんな繋がりが分かって、
この島に来る必然を強く感じたのもこの晩御飯だった。
三人の晩御飯は、楽しくて楽しくて「終わりがなければいいのに」と思った。
二日目の晩も、晩御飯を三人で頂き、そのあと松本さんに紹介してもらった
タッチューのふもとの「カーサ・ビエント」という気持ちのいい宿のいろり端で、
松本さんの作ってくださる「Santa Maria」のモヒートを飲みながら、過ごした。
ヒカル君もだいぶ慣れて来てくれたみたいで、
お父さんのスマホで、「We Are The World」をかけて、
全部物真似しながら歌ってくれた。

野球だけでなく、音楽も相当好きなようだ。
ヒカル君は三人兄弟の末っ子だが、伊江島には高校がないので、
お兄さん二人は島を出て、本島の高校、九州の大学に通っていて、
ヒカル君も中学を卒業すれば、大好きな伊江島を出て行くのだという。
たった二日の滞在だが、伊江島が大好きになりつつあった僕は、
別れ際に酔った勢いと寂しさとで、
「ヒカル君がいる間にもう一度、伊江島に来るからね。」と約束した。
いや、口にしたときは「約束」とまでは思ってなかったのかもしれない。

家に帰ってからヒカル君が言った言葉を後日、松本さんから聞いた。
「次に橋本さんが来るときは、僕は反抗期かもしれないけど、
橋本さんだったら、反抗期でも僕は会いに行くよ」。
こんな美しい言葉に出会ったのは、いつ以来だろう。

12歳の少年と50歳のおっさんとでは、
ひとつひとつの言葉の重さが違うのかもしれない。
僕の言葉を真剣に受け止めてくれて、12歳なりの知識で数年後の自分を想像して、
その中で「自分と橋本さん」のことを考えてくれたヒカル君のことを思ったとき、
その言葉は僕の中で「約束」になったのだと思う。
ヒカル君が約束にまで育ててくれたのだ。

そんな言葉を裏切りたくない、と思って、今年七月に再び伊江島を訪ねた。
宿はやはり去年気に入った「カーサ・ビエント」だ。
昼間は、ここのご主人、金城さんと再会。
音楽や美術の話、金城さんがしばらく京都に住んでいたことも知り、
共通の話題が多くて楽しく、世界に対するモノの見方も頷けるところが多くて、
あまり出かけもせず、ビールを飲みながら過ごした。
今思い出すだけでも気持ちのいい時間だ。

そして夜は、中学生になったヒカル君との再会。
「ちょっと生意気になってるかもしれませんよ」という松本さんの言葉通り、
初めは少しよそよそしく敬語を使っていたが、
笑うとやはりヒカル君だ。

中学校に入って、毎日野球漬けらしく、去年以上に真っ黒になっていた。
次第に口も柔らかくなり、県下でもベスト4に入るくらい強い野球部の話や
高台にある中学校の窓からはクジラが見える、という話を
生き生きと聞かせてくれる。

今回も二泊したが、両日とも松本さんとヒカル君と三人で晩御飯を頂いた。
町で店で、地元の人がヒカル君を見かけると必ず声をかける。
住むと大変かもしれないが、その距離感が羨ましい。
あの約束の背景には、やっぱりこういう人間関係が必要なのかもしれないなあ。

最後の夜は、やはりカーサ・ビエントのいろり端で、金城さんの奥さん、息子さん、
援農に来ていた楽しい青年二人と「Santa Maria」を飲みながら
(もちろんヒカル君は飲んでません!)
ヒカル君が寝る時間になるまで過ごした。

余談になるかもしれないが、青年二人は「ディジュリドゥー」という
アボリジニの楽器を使ったバンドをやっていて、今は伊江島を去り、
那覇の路上でライブをしながら、松本さんが録音したCDを売ってるそうだ。
那覇で彼らを見かけたら、よろしくお願いします!(写真右の二人です。)
みんな音楽が好き、ってことで繋がってるんだなあ。
そして僕が一番帰りたかったのは、あの約束の生まれたこの時間だったのだなあ。

次の朝、見えなくなるまで松本さんが手を振ってくれた
フェリーを降りてバスを待つ。
引き返すフェリーに飛び乗りたい気持ちを何度押さえ込んだことだろう。
その気持ちは今も続いている。

夕方那覇から乗った飛行機は本島の東側を通った。
左の窓から楕円形の島が見える。伊江島だ。
タッチューもはっきり分かる。
一瞬タッチューの西のふもとあたりが夕陽に照らされてキラッと光った。
あのあたりで光る大屋根、中学校に違いない。
ヒカル君が挨拶してくれたんだな、と思った。

今度は約束とかではなく、あの時間に戻りたくて、
僕はまたあの島に渡るのだろう。

あれから2年が経った。

今年6月の終わりに、伊江島に行き、
ヒカルくんと再会した。

ヒカルくんは、ワシより全然でかくなり、
(もちろん身長です。横幅は負ける気しないです。)
ヒカルくんが、伊江島の住人として過ごす
最後の夏も終わろうとしている。(20150909記)

今はヒカルくんも本島の高校に通っている。
松本さんも伊江島を離れ、
本島でヒカルくんと一緒に暮らしてる。
伊江島にまた行きたい気持ちは大いにあるが、
ヒカルくんや松本さんのいない伊江島を想像すると、
寂しくて、まだ行けていない。

けど、伊江島のことを思うと、
なんか忘れものをした気分になってしまう。
金城さんは、まだ伊江島にいる。
気持ちが落ち着いたら
伊江島に忘れものを取りに行こうと思う。(20170909記)

Follow me!

「サンタ・マリア」物語。” に対して1件のコメントがあります。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です