映画「淀川アジール」。

最後に紹介するのは、「淀川アジール」。
この映画観たのは、十三の第七藝術劇場だが、
そのほん近く、淀川の河川敷、しかも十三側で暮らす、
さどヤンのドキュメンタリー映画である。

写真クリックで、映画紹介ページへ。

世間的には、ホームレス、ってことになってしまうのかもしれないが、
さどヤンの暮らしに悲壮感はまったくない。
大工をやってたこともあって、拾ってきた木材なんかで作った住居は、
何はなくとも、すごく快適そうだ。
数年前の淀川が氾濫しかけたときには、全てを失ってしまうのであるが、
その住居すら、財産とは考えてないさどヤン、そこにも悲壮感はなく、
また新しい住居を建てるのを楽しんでいるようにさえ見えた。
「持たざるものの強さ、明るさ」ってやつかもなあ。

そこに集まるのは、ちょっとこの世の中が居づらい人々。
さどヤンは、来る者拒まずで、そういう人々を、自然と受け入れる。
なんだか、そこにあるのは、基本的には「許す」という思想なのではないか、と感じた。
いや、思想、というのは、違うか。
ただ、どんな人でも「受け入れる」というさどヤンの気持ちなのかもしれない。
だから、この世間が少々行きづらい人でも、ここに集い、
普段は言い辛いような、自分の内面を笑い飛ばすように話たりする。

さどヤンが「河川敷停留所」と呼ぶこの場所のロケーションが、また最高。
阪急が淀川を渡る鉄橋のたもと、十三側。
つまり、川の向こうは、空中庭園を始めとする、梅田の高層ビル街。
それを川向うに眺めながら、さどヤンの毎日は、続いていくのだ。
だから、あの高層ビル街を象徴とする現代文明に疲れた人が、
この場所では寛げるのかもしれないな。

ちょっと思い出したのは、福岡の能古島。
あそこも海の向こうに、百道の高層ビル街を臨みながら、
ノンビリとした穏やかな空気が流れている。
完全に都会から隔離されたところではなく、
視界に都会があるからこそ、
そこにある違った時間の流れを楽しむことができるのだろう。

もうひとつ思ったのは、諸星大二郎の漫画「生物都市」。
あの物語、最後は、宇宙のウィルスに侵された近代文明と
無縁に暮らす老人と、そこに逃げ込んだ少年の姿で終わる。
その老人とさどヤンが、なんとなく重なって見えた。

捨てられた犬と一緒に暮らし、
心無い釣り人の捨てたテグスで、片足を無くした幾多の鳩や、
近くに群がって住む猫、それに餌をやるおばはんたち、
こんな都会の中にも、こんなたくさんの動物達が、
生きてるんやなあ、ということにも驚いた。
そして、さどヤンは、これらの動物をも自分と同等に見てるかのようだ。

この映画、観たかった理由は、他にもあった。
ナレーションを担当するのがナオユキさんなのだ。
それをキャスティングしたのは、この映画全体の企画者でもあり、
映画内のイラストを描いて、出演もしてる、大黒堂ミロさん。
ミロさんも知り合いなので、是非観たかったのだ。
このナレーション、ナオユキさん以外には考えられない。
ミロさん、ナイスキャスティング、ありがとうございます!

実は、知り合いが制作に関わってる作品を観に行くのは、少々苦手でもある。
観ないと、もっとバツが悪いのだが、
観て、ピンとこなかったとき、感想を求められたら、どうしようと思ってしまうのである。
でも、今回は、観終わるとすぐ、お二人に「面白かったです」と連絡できた。
こんな面白い映画、ありがとうございます!!

さどヤンは、北海道出身、その人が、自分の場所として、
大阪を選んでくれたことは、大阪市民としても、かなり嬉しいことやなあ、と思う。

終わってから、次に行こうとしてたのは、茨木方面だったのだが、
十三駅から逆方面の梅田行きの電車に乗った。
映画観た熱が冷めないうちに、さどヤンの停留所を観ておきたかったのだ。
もちろん、一番近くを走るであろう、京都線を選んで乗った。

まだ行ったことのない、さどヤンの停留所。
ちょっと怖い気もするが(ヘタレなので)、
一度、ミロさんに連れてってもらおう。
ナオユキさんも一緒に。

この映画、今の所、大阪十三の第七藝術劇場と神戸の元町映画館でしか、
公開予定ないようなのだが、時間かけてでも、是非全国に拡大していって欲しいと思う。

最後に重箱の隅、つついておきます。
さどヤン「白寿」は90歳ではなく、99歳ですよ〜〜。
「百」から「一」引くから「九十九」と覚えておくといいですよ。
90歳は「卒寿」。「卒」の旧字「卆」を分解すると「九十」になるので。
以上、小賢しい豆知識でした。

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