ジャケ観。映画「トゥルー・ヒストリー・オブ・ザ・ケリー・ギャング」。

内容、全然知らずに、映画観に行った。
映画としてはすげえ良かったんやけど、
ワシの苦手な暴力シーン、拳銃シーン満載の映画やった。
「なんで観ようと思ったんかなあ」と考えると、
思い出した。このポスターやった。

モノクロ画面にユニオンジャックってだけで、パンクっぽいのに、
男の表情、ピンクの文字、もうほとんどピストルズやん!
観ないわけにはいかんやん!
ポスター観て、そう思ったこと、映画終わってから思い出した。

ほんで、この映画「トゥルー・ヒストリー・オブ・ケリー・ギャング」、
内容もめっちゃパンクでしたわ。

19世紀、オーストラリアに実在した犯罪者、ネッド・ケリーの話。
ど頭に「この映画に真実は含まれない」的なスーパー出てくる。
もういきなり、「え?」って思わせる。。。
既にパンクやなあ。
実際のネッド・ケリーはオーストラリアではかなり有名な人物で、
犯罪者やけど、貧乏人からは奪わない。
それどころか金持ちから奪って、貧乏な人に分け与えることすらある。
打ち合いになったりした警察官と警察に密告した裏切り者しか殺さなかった、
など、いわゆる義賊で、今でもオーストラリアでは人気のある人らしい。

けど、この映画では、その義賊的なことは、あまり出てこない。
ひたすら、貧困に喘ぎ、出口のない人生に苦しみ、
差別と権力の腐敗と横暴に怒る一人の若者の苦悩を描く。

つまり、今、世界中にいるだろう、
同じような状況に苦しむ若者の、
等身大の姿として描かれてるんやと思う。
それが、冒頭の言葉なんやろな。
「史実を追っかけてるんちゃいまっせ!
今の時代の映画でっせ!」

けど、観たところ、時代考証的に違和感あるとこはなかった気がする。
だから、シチュエーションを現代に置き換えてのストーリーってわけではない。

ただ音楽は、その頃の音楽とは全然違うと思う。
歌ものではパンクロック、
それもとびきり上等の、
ME的な音楽は現代音楽っぽくもあったりする。
この音楽が、また痺れた。
エンディングの音楽のカッコよかったこと!

裏切られたりして、反発しながらも、母への愛だけは、
最後まで持ち続けたところは、
少し、奈良少年刑務所の少年たちの詩集と重なった。

2019年の映画らしいが、
この時代に出るべくして出た、
パンク映画の快作やと思った。

映画のジャケ観、当たりやったときの喜び、でかいわ。
逆に内容調べてたら、暴力シーンや拳銃シーンが嫌で、観てなかったかも。
行きあたりばったりで良かった!

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