一体、何を見せられたのだろう。映画「英雄の証明」。

2時間ちょい、ずっと息を呑むようにして、
ドキドキしながら、成り行きを見守っていた。
次どうなるんやろう。全然読めない。
え?残り時間あと少ししかないけど、、。
あ、、ここで終わってしまうのか。。

英雄の証明」、終わってしまうと、
何を見せられてたのか、わからなくなる映画やったなあ。

最初はちょっとした善行だった。
それが、主人公の置かれてる状況や、
ちょっと優柔不断にも思える行いや、
周りの人々の自己都合的な思惑で、
悪い方に悪い方に転がっていく。
ひとつひとつは「ちょっとだけ」な気もするが、
それが重なり合って、加速して、大きな渦になって、
主人公と、その家族を濁流に飲み込んでいく。

確かに、その渦の要因にSNSがあるんだろうけど、
根っこを辿れば、人間が元々持ってる
自己防衛本能や群集心理の結果なのかもしれない。
SNSは、それらから生まれる現象を、
飛躍的に拡大し、加速する。
そうなったら、もう、誰にも制御できない。

終わり方、ワシ的には、まだ納得はいってないのだけど、
映画的な予定調和を拒み、
その社会の力に、個人は抗うことができない、という
現実を冷静に見据えた映画なのだろうな、とは思う。

ハリウッドからは絶対出てきそうにないし、
日本でも無理なんちゃうかなあ、と思ってまう
こういう映画が生まれるイランの映画の質の高さ、
文化度の高さに、改めて驚く。

ちょっと驚いたのは、イランって、
服役中に休暇とかあって、
家に帰ったりできるってことでした。

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