ミケル・バルセロ展@国立国際美術館。

中之島の国立国際美術館、ミケル・バルセロ展行ってきた。
※一時的かもしれないけど、国立国際美術館のホームページが機能してないようなので、
記事にリンクしておきます。

何年か前、どこかで、たぶんこの絵を観てから、ずっと気になってた人。
詳しくは知らなかったのだが、大規模な個展は日本初やったそうな。

見応えありましたわ。
絵も、彫刻も、バカでかいのが多いのもあるんですが、
発せられる熱量が圧倒的です。
今「絵も、彫刻も」と言ったけど、
たぶん本人は、絵も彫刻も陶芸ですら、分けずに同じ感覚でやってる気がする。
そのどれもが、強烈な太陽光と、だからできる深い影を持ってる気がした。

スペイン、バルセロナを中心に活動してるからか、
ちまたでは「現代のピカソ」と言われてるらしい。
確かに色彩的にはピカソを思わせるけど、
造形的には、ミロのほうが近い気がワシにはした。
けど、ピカソでもミロでもない部分が大きい気がする。
うまくいえないのだが、スピード感というか、
絵画とは思えないほどの動的な要素を感じるのだ。

すぐに消えてしまう水の絵の具で描いてる動画があったが、
基本的には、油絵の具の絵画も、彫刻も、すべての作品が
そのパフォーマンスと同じ観点で作られてる気がする。
「どれだけ時間がかかるかの違いはあるけど、所詮すべてはいつか無くなるもの」
その認識があるから、すべての作品に、消えていく、その瞬間を
一時的にせよ、閉じ込めたような動きがあるんではないか、と思った。

先程言った動画は、音楽演奏やりながらのライブペインティングなのだが、
その音楽をやってたのが、後で知ったのだが、
パスカル・コムラードやったらしい。
閉館間際やったので、確かめられなかったが、もう一度行って確かめたいなあ。
と、思ってたら、バージョンは違うけど、同じ組み合わせの動画があった。

パスカル・コムラード、やっぱりかっこええなあ。おもろいなあ。
久しぶりに思い出して、聴きたくなってしまった。
とりあえず、YouTubeで聴き漁ろう。

具象きっかけで展覧会行ったけど、行くと抽象の凄さにやられてしまったな。
5月末までやってるみたいなので、もう一度行くか。

関係ないけど、前も感じたのだが、
国立国際美術館の「見張られてる感」は、凄い。
監視の人が多いのかな?
こういうご時世なので、けっこう観客は少なかったのだが、
だから余計に、そのエリアに行くと、ずっとこっちを観てる感じで、
落ち着かないったら、ありゃしない。
なんなんやろう。あの感じ。
他のミュージアムでは、あまり感じたことのない窮屈さだ。

ちょっと上、写真で言えば2つ目にアップしたポスターの写真も、
会場入る前のエスカレーターのとこで撮ったのだが、
これを撮ったときも係の人に
「上の階にもありますので、そっちで撮ってください」と言われた。
その上の階で撮った写真はこれ。

ポスターの大きさは変わらんし、
なんでここで撮らなあかんか理由が全くわからない。
どっちも会場内ではないと思うし。
前も別のことで感じたのだが、
「客を思い通りに動かそう」とする意識が強すぎる気がする。
基本的なルールを守らないとあかん、人に迷惑をかけないようにしなあかん、
とは、思うけど、
ミュージアムなんて、自分の気持ちを開放する、
感覚を広げるために行くとこやと思うのに、
窮屈な思いさせられるのは、なんか納得行かないなあ。

と、愚痴で閉めて、すんません!
展覧会としては、凄かったです。
ワシも、もう一度行きたいし、皆さんにもオススメします。

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