少数を理解しない多数。映画「山歌(サンカ)」怒涛のレポート⑥

サンカという人たちを初めて知ったのは、柳田國男さんの著作だったろうか。
ワシが生まれた頃までは、山から山に移り渡り、定住せず、農耕せず、
狩猟と蓑などの日用品の製作で、生きてゆく人たちが、日本にはいたという。
漢字では「山窩」と記されることが多いが、
その発生も謎だし、本当に存在したか疑う説も、否定はされていない。
いたとしても、昭和30年代には山を降り、定住生活に入ったとされている。

そのサンカの途絶える時期をモチーフにした映画「山歌(サンカ)」を観てきた。

2022年初公開の映画とは思えない質感の映画だった。
横溝正史さん原作、市川崑さん監督のあの頃の映画をデジタルリマスターしたかのような、
観てるだけで、少し怖くなるようなトーンが、素晴らしかった。
そこに響く歌が、本当に美しく聴こえた。

物語のラストは、最後のサンカが山を降りることを決意する、という場面なのだろう。
そこに絡む、現実社会では生きにくい思春期の少年という存在が、
質感も舞台も昭和の、この映画を、2022年の映画たらしめている気もした。

いや、それだけではないのだろう。
結局、サンカは、差別され、生活の場を奪われ、
山を降りていく。
山に生きることにこそ命の輝きを見るサンカという少数派の生き方を、
多数派の人たちは、理解しようとすることなく、受け入れることもなく、
生活の場をなくすことで、消滅させようとする。
それは意図的でなかったとしても、無意識であったとしても、同じことなのだろう。

この映画を観てて思い浮かんだのは、路上生活者の居場所をなくせば、
それで、その人たちがいなくなる、とするかのような排除アートのことだったり、
武力という力で他民族や、他国を圧倒しようとする戦争のことだったりした。

この映画は、ノスタルジーや、ファンタジーではなく、
無理解ゆえの恐怖だったり、人の立場への想像力不足からくる差別感情だったり、
今の時代にも山ほどある分断と、同じ根っこの話なのだろう、と思った。

そういういつの時代にもある、
今後、解決すべき人類最大のテーマを、
静かで、抑制の効いた統一感のある美しいトーンで描いた、
短いけれど、素晴らしい、大きな映画だと思った。

そう考えると、キャッチフレーズの「共に、生きろ。」は、
このサンカのように、相手を消滅させてしまうのではなく、
相手の価値観、生き方を認めた上で、共生していけ、
というこれからの人間に向けたメッセージなのだろうな、と思った。

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